第32話

第32話




美咲親子の再出発を邪魔していたのは、

他でもない金村さんだった。



福山部長は、いざとなったら頼りにしなさいと、

業界に影響力のある人の番号をくれただけだったが、

実は美咲のことを気にして、実際どういうことが動いていたのか、

それを調べてくれていた。

その中で、俺は『玲の婚約破棄』について、本当の話を知ることになる。


「違うって……」

「あぁ……玲さんというのは金村さんのお嬢さんだろ。
彼女の付き合っていた男というのが、とある不動産業者の息子だったが、
ちょっと経営に問題のある、協会からはチェックをされている会社だった」

「チェック……というのは」

「トラブルを多数抱えている。この5年くらいの営業で、会社名を何度も変えているし、
結構強引な商売をするらしくて……いくつか裁判もしているらしい」


玲が相手にと選んだ男の家系を調べ、文句をつけたのは金村さんの方で、

相手は陵州で大きな店を実家に持つ娘となら、なんとかと望んだらしいが、

金村さんはその親戚に弁護士がいることを知り、美咲親子の話を持ち出した。

親戚に犯罪者がいるのでと、断る理由として利用された美咲たちは、

その部分だけを大きく誇張され、全てを背負う形になる。


「金村さんも、トラブルを抱える家と親戚になるのは避けたかったのだろうが、
美咲さんたちの邪魔をするのは簡単だっただろう。何しろ、相手は不動産業者だ」


親として認めたくなかった相手だからといって、

その罪を美咲たちに擦り付けたということがわかり、

俺は腹立たしさと怒りの交じり合った感情を、どこにぶつけていいのかわからなかった。

あの人は、どこまで美咲たちをいじめれば気が済むのだろう。


「大倉……」

「はい」

「会長の戸賀崎さんには話をしたから。もうこの先邪魔が入ることはないはずだ」


部長は余計なことだったかもしれないがと言いながら、

相手の攻撃をカットする、最善の方法を取ってくれた。

そして、よくしてくれるはずだという店までリストに上げてくれる。


「すみません、何から何まで」

「いや……今の世の中は、弱い人が生きにくい」


俺はそのリストを受け取り、ありがとうございましたと頭を下げた。





それから1週間後、俺は『陵州』に戻り、美咲を車に乗せた。

そして、部長から聞いた話を全て語る。

美咲は一瞬驚いた顔をしたが、心のどこかでわかっていたのか、

すぐに紙を受け取ってくれた。


「お前がさ、一生懸命尽くしても、あの人には何も伝わっていない。
遠慮なんてしなくていいんだ。すぐにお母さんと東京へ向かって、
アパートを決めればいい」

「……うん」


そういい切った時にウエイトレスが来たので、俺はピザを注文する。

美咲も何か食べるかと問いかけると、オレンジジュースだけでいいと首を振った。

うまく行くと思っていたものがうまく行かなくなり、

精神的にも肉体的にも疲れきっているように思えてくる。


「すごい人なのね、福山部長って」

「ん? あぁ……『ボルテックス』の中で、もちろん力はあるけれど、
仕事柄色々な業界人と付き合うことが多いだろ。人柄も明るくていい人だから、
自然と輪が出来てくるというか……」


それは俺自身が一番わかっていることだった。

頼れる上司だと言うことはもちろんだけれど、東京での父親と言っても、

過言ではないくらい世話になっている。


「俺の目標とも言える人かな」

「……そうね」


何年先になるかどうかわからないけれど、俺もあんなふうに部下に理解を示し、

また、強いリーダーシップを持ち仕事が出来るようになればと、そう思う。


「お世話になりました、ありがとうございますって、伝えてね、駿介」

「あぁ……部長が美咲のことを褒めてくれた。よく頑張ってきたって。
俺も、そう思うし……」


俺は、自分たちのことを部長に語ったのだと説明し、

美咲はそれを頷きながら聞いていた。

もうすぐカレンダーは8月になるが、

すぐにアパートが見つかれば、秋の再出発もまだ可能性があると言ってやる。


「……うん」


美咲は小さい声だったけれど、嬉しそうな顔をしながら頷いてくれた。





「それでは、資料をめくっていただけますか?」


仕事の方も、それから色々慌しく動くようになった。

残業も増え、業者との打ち合わせも増えていく。

そして、美咲のご両親がアパートを決定し、契約を済ませたと連絡があり、

なんとか形が整ったと胸をなでおろす。

『陵州』は基礎工事がスタートし、少し工事が延びたおかげなのか、

当初予定していたものよりも、さらに規模が大きくなった。

3箇所建つことになった『物流拠点』の中で、全ての面を考慮し、

『陵州』が一番広いスペースを持つものになることが決定する。

俺も高瀬先輩も、資料集めや他拠点の進み具合を確かめるため、

出張と会議を繰り返す日々だった。





俺が忙しく動いていることを知った実家から荷物が届いた。

すぐ食べられる割には、栄養価の高い缶詰や、地元の野菜、

切り方、ゆで方、保存の仕方など、広告の裏に母親が手書きの説明を入れてくれる。

面倒だなと思いながらも、その思いには感謝をするしかならず、

お礼をするため電話をした。


「そうだな、パートも含めたら100人以上にはなると思うけれど」

『私も働けるかしら』

「は? どうしてお袋が?」


母親は、俺も恭介も手が離れてしまったので、

何か仕事でもしようかと言い始める。

それにしても、『ボルテックス』でする必要はないだろう。


「来週、一度帰るからさ」

『そう……』


来週、工事の進み具合を見たいという思いがあった。

そして、9月に引越しを決めたという美咲に、『陵州』で会っておきたかった。




『プロポーズ』




これから美咲と会うのは、東京になるだろう。

だからこそ、全ての思いは『陵州』で言っておきたかった。



俺たちが過ごした思い出の場所は、やはり『陵州』だから。

そして、この旅立ちは、全ての旅立ちなのだと……



学生時代から、ずっと同じようなことを考えて生きてきた。

つながりがあることは大切だけれど、

そのつながりに縛られているのは間違っていること、

その中で窮屈な思いをしている美咲を、救ってやりたかったこと。

『ボルテックス』の力を借りてはいるが、なんとかそれが実現する手前まで来た。

『陵州』はこれから大きく変わっていくことになるはずだ。





「大倉見ろよ、これが完成図だ」

「はい」


完成予想図が、開発事業部に飾られる。

ここで働く人たちが何名もいて、みんな笑顔で頑張ってくれると嬉しいのだけれど……

俺は、それを一歩ずつ形にしていくしかない。

あの日、土地を去ることが決まり、思いをぶつけてきた榎本とも、きっといつか……


「大倉さん、電話です」

「俺?」

「はい」


特に話し合いをしなければならない業者との約束もなかったが、

とりあえず受話器を握り、声を出す。


『お仕事中ごめんなさい、美咲の母です』

「……はい」


電話の相手は、美咲のお母さんだった。

本来なら、自宅にかけようと思っていたようだが、

それがわからず会社にかけてきたと謝ってくれる。

俺は、そんなことは気にしないでほしいと告げ、美咲に何かがあったのかと尋ねてみる。


『美咲は……まだ、大倉君のところに?』


お母さんの問いかけに、すぐ返事が出来なかった。

美咲は3日前に、『東京へ行く』と言い、出ていったまま戻っていないのだという。


「いえ……僕のところには、来ていませんが……」


この1週間、美咲と連絡が取れずにいた。

『陵州』の工事を進めるため、他所の視察もあったし、

会議が長引き、終電ギリギリになった日もあった。

来週、休みに帰れるという思いがどこかにあり、

美咲はいつもそこにいるという思いもあった。


「細かく教えてください……」


ここのところの美咲は、どこか疲れているように思えた。

家族で暮らそうとしたアパートの契約がおかしくなり、

トラブルを抱えたことが原因だと思っていたのに、話は別の方へ向いていく。

美咲のお母さんは、俺が地元の皆さんの前で、

部長の娘、杏奈さんとの婚約がないことを宣言し、

思う人がいると語った日のことを尋ねてきた。

俺は、妙な勘違いをされてしまい、あちこちに迷惑がかかると困ること、

そして何よりも美咲自身がそれを聞き、嫌な思いをすることを避けたかったと語る。


『そうよね……』

「それが、何か……」

『そんな個人的な話をわざわざ大倉君にさせたって、いい気になるなって……
そういうことを言ってきた人がいて……』


世話になっている金村家の娘、玲の『婚約』がうまくいかなくなった時に、

自分は幸せな道を歩いているのだと、俺に宣言させたのではないかと、

美咲は勘ぐられたと言う。


「そんな……あれは美咲に頼まれたわけではないですし……」

『わかっています。大倉君の気持ちは十分。ただ……』

「ただ?」

『うちの事情を知っている人たちが、金村の家に気をつかって、そんなことを……』


ある程度力が落ちたとはいえ、いまだに『金村園』があるからこそ、

商売が成り立っているという人たちが数多くいる。

その人達が、美咲に対して、『恩を仇で返すのか』と、問い詰めたという。

そして、さらに、『陵州』が変わってしまうことを恐れている人たちからも、

俺の身代わりのように、美咲が標的になってしまった。



自分をアピールしようなどという思いは、そんなつもりは全くなかった。

美咲を救いたいと思った俺の行為が、逆に苦しめることになるとは思いもしなかった。


『美咲自身は、こんなことは平気だって、そう言っていたのだけれど……実は……』


美咲のお母さんは、そこで話しづらそうに言葉を止めた。

俺は、どんなことでも話して下さいと、そう言ってみる。


『ここのところ、おかしいなとは思っていたの。食事の量も減ってしまったし、
それに……気分が悪そうにしていることもあって……』


美咲が少し痩せたこと、そういえば俺も気になっていた。




『様子を見ながら、もしかしたら、妊娠したんじゃないの? って……』




美咲のお母さんから出てきたセリフに、俺は何も返すことが出来なかった。




第33話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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