【again】 13 女心と母心

【again】 13 女心と母心

     【again】 13



「以前から、うちと荒木建設で狙っているビルのことは知ってるだろう、直斗。
鷲尾不動産も、条件次第でどちらかに売却という形になるんだろうが、
なんだかんだ引き伸ばして、なかなか交渉が成立しない」

「霧丘から聞きました。今の政治の混乱で、この先さらに……」

「……児島建設の力を借りたいんだ」


直斗は目の前で社長の椅子に座り、そんなセリフを当たり前のように言う男の顔を見た。

児島建設の力を借りる……。

そのことがどんな意味を持つものなのか、わからないほどおろかではない。

その時、ポケットに入っていた携帯が揺れ始め、直斗はすぐに受話器をあげ、話し始める。


「もしもし……」

「あ、瑠美です。今度の講演会終了後なら、父もお会いできるそうですよ」

「本当ですか? 花岡議員の勉強会に参加できるのは、光栄です」


瑠美の父親は、国土交通省エリートから議員になった一人だが、

今でも役所に強い影響力を持ちながら、政治の世界で活動している。


「中継役を頑張った私は、食事くらいごちそうしていただけるのかしら?」


いつも交換条件を出しては、どこかへ連れて行けと言うのも、いつのまにか瑠美のパターンに

なっていて、そんなセリフに、直斗はわかりましたと返事をした後、受話器を置いた。


「直斗……」

「はい」

「花岡議員との距離は、ほどほどにしておけ。特に娘と会ったりしているらしいが、
もうやめておいた方がいい。今、児島建設と……」

「児島建設を刺激するなと……そう言いたいのですか?」


高次は椅子から立ちあがり、窓の側に立っているが、どこか辛そうに何度も首を動かしながら、

目頭を押さえる。


「あぁ、そうだ。近いうちに、政治は大きく動くことになる。整備局でこれから、
何人かの逮捕者が出るだろう。総理大臣の影響力も、以前ほどなくなっていて、
少しの弱みでも、一気につけ込まれるかもしれない状況だ」

「それを児島建設が仕掛けたというのは、本当ですか?」


その言葉に、高次はすぐに顔を向け、その話をどこで聞いてきたのかと、無言で直斗に訴える。


「力があるものが上に立つ。それはどこでも同じはずだ。お前はあれこれ考える必要などない。
一番いい手を持っているのだから……」

「一番いい手?」

「楓さんは、お前についてくる気になっているのだろう」


楓との関係を知る高次らしいセリフだ、直斗はそう思いながら聞いていたが、

この政治の渦に巻き込まれるように、自分たちのことが利用されることには、

どこか強い違和感を覚える。


「どこで誰と会うかまで、制限される必要はないと思います。人と会う理由が、
全て会社がらみになる必要もないんじゃないですか」


自分のプライベートにまで、口を出そうとする高次に向かって、直斗はそう言うと席を立ち、

社長室を出て行こうとする。


「直斗……。お前はただの一個人じゃない。それだけは覚えておけ」


ドアノブに手をかけた直斗は、何も言わないまま扉を開け、部屋を出て行った。





「うーん……」


絵里は売り上げ競争の時以来、店長に頼まれ、ディスプレーの仕事もこなすようになり、

今朝も新商品のパネルを懸命に飾り付けている。


その横では、先日のドイリーのお礼を言いに来た亘が、絵里の様子を椅子に座って眺める。


「今日は、お一人なんですか?」


絵里は、作業をしながら、いつものように取り巻きがいることなく、店に一人で来た亘に、

そう話しかけた。


「本来、今日は本社の会議に呼ばれているので、ここにいること自体、まずいんですけど、
車のハンドルが本社に向いていきませんでした」


亘が、あっさりと職場放棄していることを告げたことに驚いた絵里は

脚立を取ろうとした手を止め、振り返る。


「ダメじゃないですか、それ」

「大丈夫ですよ。僕がいなくても、ちゃんと会議は進みますから」


亘は椅子から立ち上がり、絵里が取ろうとした脚立を持ち、これから作業をするはずの

ボードの前に置く。


「あ、すみません……」

「いえ……」


店長室の扉についている小さな窓に、外から中をうかがっている井戸端パート達が、

代わる代わる顔を出しては消えた。二人でここにいるために、また、

何か言われるのではないかと思いつつ、絵里は、亘に対して強く出ることも出来ずにいる。


「スーパーの統括は、篠沢さんだとうかがったんですが。それなのに……」


何か会話をしていないと、ここに居づらくなる気がして、絵里は最初の頃、

真希から聞いた情報を、さりげなく亘にぶつけてみた。


「本業は不動産ですから。そっちは父と、兄がしっかり頑張っていると思います」

「はぁ……」


篠沢家の現状など知りたいわけでもない絵里は、結局、そこから何も言わずに、

ただ作業に集中した。メーカー側から指示されている書類を見ながら、貼り付けの場所と、

色の確認をし、少しずつ完成が見え始める。


「兄と僕とは生きてきた環境が違うんです。母親が違うこともあるし……」

「あの……」

「はい」

「ここであんまりプライベートな話は……」


ただでさえ、人の噂話が大好きな井戸端パート達が、今も外で聞いているかもしれないと、

絵里はそう亘に告げようとしたが、先に声を出したのは、亘の方だった。


「じゃぁ、またお誘いしてもいいですか? 食事に。もちろん、大地君も一緒に」

「大地もですか?」

「二人きりがよければ、そうしますけど……」

「あ……いえ、そういう意味じゃなくて……」


絵里はまたボードの方へ視線を戻し、作業の続きに取りかかり、

手に持った飾りを一番上につけるため、脚立に乗っていくと、座っていた亘が立ち上がり、

ゆっくりと絵里の後ろに立つ。


「池村さんは、本当に仕事を楽しそうにするんですね」

「あ、そう見えますか? 野菜を並べるのも嫌いじゃないですけど、
正直、このディスプレーの仕事をしている時が、一番楽しいかもしれません」

「そうですか…」


ボードの方を向きながら、手を懸命に上へ伸ばしている絵里を見ていた亘が、

右足で脚立の下を軽く蹴った。


「キャァ……」


足元が揺れ、ふらつきながら絵里が慌ててボードに手を置き、後ろを振り返ると、

そこには笑いながら手を大きく広げている亘がいた。


「いいですよ、池村さん。こっちに落ちてきても……」


驚き顔の絵里と視線をあわせた亘が、声をあげて笑い出し、それにつられるように絵里も

笑い出す。


「篠沢さん、結構子供みたいなことするんですね、もう! 人を驚かせたバツです。
これ、一番上に貼り付けてもらえますか?」


左手に持っていた小さな花の飾りを絵里が差し出すと、亘はそれを受け取ろうと手を出した。

その時、絵里の薬指に指輪が見え、部屋の照明が一瞬反射する。


亡くなった御主人との指輪を、いまだに外していないということに気づき、心はまだ、

彼のものなのだろうかと、亘は顔をあげ絵里を見る。


「好きなんですよ……」

「篠沢さんも、ディスプレーお好きなんですか?」


脚立から下りた絵里は、下に置いていた他の飾りを手に取りながら、軽くそう返した。


「いえ……あなたが……」


亘は自然にそう告げると笑顔のまま絵里を見つめ、そんな突然の告白に、絵里は何も言えず、

立っていることしか出来なくなった。


「池村さん! あ……部長、いらっしゃったんですか?」


何も知らない店長が、二人の間で一瞬止まった時間を進めるように部屋へ入り、

絵里は手に持っていた道具を置き、そんな緊張を悟られまいと、慌てて動き出す。


「池村さんに何?」

「あ、ちょっと店内が混んできたので、野菜の方を……」

「あ、すぐに行きます」


店長の助け船に、絵里は慌てて亘の横を通り抜け、店の方へ走っていく。



『好きなんですよ……』



扉の前でふと動きを止めると、絵里はガラスに映っている自分の顔をじっと見た。

経営者の息子であり、自分より4つも年下の男の言葉に、間違いなく慌てている自分が、

そこにいた。


絵里の出ていった場所で、手渡された花の飾りを、亘は、自分なりのバランスでボードにつける。

あまりにも絵里の表情が豊かで、つい言ってしまったセリフに、目を丸くして、

驚いていた顔が、すぐに浮かんできた。


「はやまったかな……」


残されていた飾りを全て貼り付けると、亘は一度大きく背伸びをした。





「荒木建設と、鷲尾不動産なんですが……」

本社の会議に出席している直斗は、説明を聞きながら、資料を見つめていたが、

視線を左に向け、空いている椅子を確認する。


右の一番奥には、父である高次が座り、そこから3つ離れた場所に、自分の椅子がある。

ほんの1年くらい前まで隣にいた、弟、亘の席は、いつのまにか、左へ4つ離れた場所に

変わった。


近頃の亘は、意識して本社の会議を抜けることが多く、そんな試合放棄の状態に、

逆に直斗の気持ちは、不安を増す。



『篠沢高次の跡取り』



そう世間的に言われるポジションをつかむためには、ここで父の提案通り、

楓との結婚を進めるのが確実であることはわかっている。


出会ってから5年、互いを認め合い、求め合うようになって2年が過ぎた。

それなりに愛情もあり、いずれそうなるだろうということも、予想できている相手なのに、

周りが盛り上がるほど、冷めていく自分がいる。


自分にとって最高のブランドを持つ女性ではあるが、高次に押されるように、

楓との結婚を決め、会社に利用されることにはなりたくない。

あくまでもそのタイミングを決めるのは、自分なのだからと、直斗はまた視線を書類に落とす。



『花岡議員との距離は、ほどほどにしておけ』



高次にそう言われた時、それに反発しようとする気持ちがあった。

しかし、瑠美と何度も会い、目的の一つだったロンドンでの話を聞いてみても、

納得の出来る答えが見つからない。


直斗は胸ポケットにある、仕事用ではない携帯電話を開け、あるはずのない着信を確認した。

この電話が鳴る時は、ハナに何かある時なのだから……。

そう思いながらも、どこかで別の何かを待っている気がしてならなかった。





『好きなんですよ……』



冷蔵庫に食材を入れながらも、絵里は亘の告白を思い出してしまい、つい手が止まる。

からかわれたと思いながらも、真剣な表情が浮かび、気がつくと鼓動は速まった。


「ねぇ、ママ……ねえってば……」


大地に服を引っ張られ、絵里は現実に戻されていき、開けていた冷蔵庫を閉め、

ビニールの袋をたたむ。


「大地、いい加減にしなさい。おばあちゃんのところは、また冬休みだって言ったでしょ?」

「だって、明日とあさってとその次と3日お休みだよ。行きたいよぉ」


夏休みに1週間池村の実家へやっていらい、大地は何かあると、池村の家に行きたいと

言うようになり、飼いたがっていた犬を購入し、大地の好きなおもちゃを準備して待つ

姑と舅も、それを望んでいるようだった。


「おもちゃ、おばあちゃんが送ってくれたでしょ」


大地が勝手に電話をし、送って欲しいと頼んだおもちゃが、畳の部屋の隅に、

あれこれ並んでいる。


誕生日とクリスマス……。


絵里がおもちゃを買ってやるのは、その日だけと決めているのに、乱される生活のペースに、

絵里のイライラが募り始めた。


「電話する。おばあちゃんに迎えにきてもらう!」

「大地!」


絵里の大きな声に驚いた大地が、顔をゆがめて泣き始めると、その大地の泣き声に、

思いが伝わらないもどかしさが加わり、絵里の目にも涙が光り始めた。


「ママなんて嫌いだよ。おもちゃも買ってくれないし、どこにも連れて行ってくれないし……」


絵里は大地の腕を引き、抱きしめようとするが、大地はその手を振りきって、

玄関で靴を履き始めた。


「大地……ねぇ……」

「外で遊んでくる! ママなんか知らない!」


絵里の顔を見ることなく、大地は外へかけだして行く。絵里が慌ててサンダルを履き、

その姿を追おうとした時、玄関を開けたのはハナだった。


「どうした? 大地君大きな声で……」

「……ハナさん」


優しいハナの顔を見た瞬間、絵里はまた涙顔になってしまい、ハナの部屋に入り、

出されたお茶を一口だけ飲み、ため息をついた。


「そう……そりゃ、子供だからね。物が欲しいんだよ」


絵里にもそれはよくわかっていた。ただでさえ、母子家庭のため、

自由にものを与えてやることは出来ない自分。

その点、地元でも評判の名家である池村の実家は、狭いところでしか暮らしたことのない

大地にとっては、素晴らしい場所に思えるのだろう。


「あっけらかんとして帰ってくるよ……絵里ちゃん」

「そうでしょうか」

「直斗もね、小さい頃、娘とよく言い合ってた。友達はあれを持っているのに、
自分はないとか……。私もこっそり買ってやって、娘に怒られたこともあるよ」

「直斗さんがですか」

「そうだよ、何度店の中で買ってくれ! って大騒ぎしたことか。あ……そうそう。
今日来るから、聞いてみるといい。きっと、覚えてないってシラを切るだろうけどね」

「クスッ……」


絵里は落ち込んでいる自分の気持ちを、直斗の思い出で励まそうと冗談を言う、

ハナの気持ちが嬉しかった。


「絵里ちゃんはしっかりと前を見ていればいい。大地君はそんなお母さんの姿を、
きっと覚えているから……」


ハナのその言葉に、絵里は少しだけ微笑みながら、小さく何度も頷いた。





食事の支度を終え、絵里が時計を見ると、午後の7時を過ぎていて、カーテンを開け、

外を見ると、夕焼けの残りだけがオレンジに光り、外は暗くなり始める。


「大地……」


サンダルを履き、公園や自転車置き場、駐車場など、絵里は普段、大地が遊びそうな場所を、

思い出しながら探す。


「うん……おじゃましていない? あ、ごめん、うん……ありがとう」


真希の家に行っているのではないかと、電話をかけてみたが、大地は来ていないという返事に、

絵里の不安はますます大きくなる。



『ママなんて嫌いだよ。おもちゃも買ってくれないし、どこにも連れて行ってくれないし……』



そう言って泣いていた大地の横顔が、絵里の脳裏にふっと浮かんでくる。

お金を持っているわけではないので、電車やバスに自分から乗ることはないだろうが、

もし、見知らぬ人に、誘われでもしていたら……。


あれこれ考えながら、あてもないまま探し続けた絵里だったが、

大地の姿を見つけることが出来ないまま、公園の時計は午後の8時を過ぎた。

その時、車のライトが眩しく光り、絵里は一瞬目を閉じたが、光りがなくなり、

目を開けると、そこには直斗の車が止まる。


「こんばんは……」

「……あ……」


もしかしたら直斗の車に乗っているのではないかと、絵里は車内を確認したが、

大地の姿はどこにもなく、また気持ちが沈んでいく。


「何?」

「大地を見ませんでしたか?」

「いや……」

「そうですか……」


自分の前を通り過ぎ、どこかへ行こうとする絵里の手を、直斗は咄嗟につかみ問い返す。


「大地がいなくなったのか?」

「夏休みに池村の実家へ行かせてから、休みの度に、行きたがって。おもちゃがあったり、
犬がいたり……。そんな大地とついケンカして、飛び出していったんです。
きっと、夕方になれば帰ってくるって……、でも、公園も、団地の中も、お友達の家にも……
どこにもいなくて……」


大地を探し慌てていた様子が、絵里の乱れた髪から、直斗に伝わる。


「他に行きそうなところは? 店とか……」

「図書館……でも、もう……閉まってます」


直斗が問いかけるたび、絵里の声は小さくなり、不安に押しつぶされそうな涙声に変わる。


「警察には?」


まだ、知らせてはいない……と、絵里が何度も首を振ったので、直斗は携帯電話を取りだし、

すぐに警察へかける。


「はい……小学校1年の男の子です。服装は……。池村さん、服装」

「……あ、水色のトレーナーに、ジーンズです」

「水色のトレーナーとジーンズです。はい、よろしくお願いします」


直斗は電話を切り、携帯をしまいながら絵里に声をかける。


「俺は駅の方を走ってみるよ。だから、もう一度この辺を探して……」


そう言いながら顔を上げると、そこにはどうしようもないほど、不安な顔をしたまま、

助けてほしいと訴える絵里の姿があった。


ここへ彼女を残していいのかどうか……。直斗はそんなことをふと思ってしまう。


「しっかりしろ……。大地は必ず見つかるから……」

「……はい」


その言葉に、絵里は何度も頷き、また団地の中へかけだしていき、直斗も大地を探すため、

また車に戻り、エンジンをかけ始めた。





14 本当の理由 へ……





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コメント

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あぁっ!おばあちゃんの魔の手が!!

大地とは違う行動をとったけど
私の人生とよく似ているデス(汗)
私は、溢れるおもちゃに惑わされることなく大人の顔色伺ってましたね・・・
まぁ、小学校4年生だったからそのくらいの知恵があったのかもしれませんが

おばーちゃんに電話するなんて・・・大地のばかぁっ!!
絵里ママは大地とちゃんと話さなきゃ!
離れちゃうよー!

と、叫びながら読みました。
あぁ!これで、大地が泣きながらおばーちゃんちに行ってしまったら
もうなんか、泥沼ぁ(T-T)

魔の手って(。→∀←。)

ヒカルさん、こんばんは!

>私は、溢れるおもちゃに惑わされることなく大人の顔色伺ってましたね・・・

あら、ヒカルさんはそうだったんですか? まぁ、今のうちの息子達も顔色は見ますよ。v-392
これ以上はまずいな……とか、考えているらしいです。

>あぁ!これで、大地が泣きながらおばーちゃんちに行ってしまったら
 もうなんか、泥沼ぁ(T-T)

さて、大地はどこに……で、次回へ続く!v-290

大地君!

あー。
流石、主婦の方が書く小説です。
(私は未だ主婦歴浅いので・・)
凄く、母の気持ち、女としての気持ちが伝わりました。
深い!

教育も最近は昔と違うと聞いていたので、矢張り!と思ってしまいました。(おもちゃのくだり)

次号、愉しみにしています。

そしてリンク張らせて頂きます。

亘さん素敵(o・(エ)・o) v-238

主婦仲間

少女椿さん、こんばんは!
訪問、ありがとうございます。

>あー。
 流石、主婦の方が書く小説です。

いやぁ……恥ずかしいv-398。主婦は主婦でも、お気楽主婦(家族にはそう言われています)なので、
深いだなんて、とんでもないです。それでも、楽しんでいただけたら、嬉しいな。v-410

作品に共感していただけてのリンク、ありがとうございました。