1 かわいくない女 【1-1】

1 かわいくない女


【1-1】

『東日本銀行 森口支店』でございます。

そう呼べるのも、あと少し。



今日は、銀行が朝から慌しかった。

給料を下ろす人、支払いを済ませる人、止めていた取引を再開する人、

それが出来なくて、預金を右から左へ移す人。

ソファーには次々と客が座り、通帳を手に、自分の番は今かと待ち構えている。

私の担当するデータ画面では、めまぐるしくいくつもカンマをつけた金額が、

自分の居場所を求め、通りすぎていった。


「高野さん」

「はい」

「これ、書き直してもらえる?」

「今から書き直し……ですか?」

「そう」


私は30分ほど前に、入行2年目の女子行員『高野あやめ』が提出した書類を、

彼女に戻した。高野さんは戻された理由がわからないと、目の前で首をかしげている。

何度も同じことを指摘したはずなのに、また繰り返さないとならないのは、

ストレスが余計に溜まってしまう。


「ここ、数字がハッキリわからないから書き直して」

「わからないですか? これは6です」

「うーん、でも見ようによっては、8にも見えるでしょ」

「……そうですか?」


高野さんは、明らかに不機嫌そうな顔になった。

全く、若手はみな、指摘をされるとすぐに顔に出す。

注意をされたら素直に聞くという基本が、出来ないなんて。

でも、こんなことで引くような私ではない。

銀行にとって『数字』は全てであり、

誰がどこから見ても、間違えないものでなければならないと意味がない。

正確に冷静に、何度目かの説明をした。

高野さんは、限界まで低いトーンでわかりましたと返事をし、

書類を受け取ると左側を向く。

私はその行為をあえて見ない振りして、PC画面を見るようにした。

同じ2年目の『井上典子』と、私の指摘が『厳しすぎる』というような顔を見せ、

嫌な先輩だと、合図を送っているのだろう。





「お疲れ様でした」

「お疲れ様……」


『森口支店』

私にとって、この支店は3店目の配属先。

同じように入行した同期たちは、今もそれぞれの場所で頑張っているはずだが、

女子行員に限って言えば、おそらくほとんどの人が、寿退社をしただろう。



『米森君、君……いいお話はないのかい?』

『米森君、君はきっと、結婚に理想を描きすぎだよ』



上司になった人たちは、こんなことを平気で口にした。

女性だからという理由で『結婚』の2文字を振りかざすと、

立派なセクハラになると思うのだが、銀行という場所は、そうでもないらしい。

元々、家柄や家族構成などを調べ入行してくる行員も多く、

『結婚相手』を選ぶことさえ、仕事の一部的なところがある。

そこを気にせず、年齢を重ねていくだけの女子行員など、口うるさいだけで、

必要ないとでも言いたいのだろう。

それでも、仕事をすることに制限はないはずで、嫌味も軽く受け流してきた。



そしてこの4月に、私は32歳を迎えた。



おもしろいことに、私が30を越えたあたりから、

上司も同僚も『結婚』の2文字を急に遠ざけるようになった。

触れてはいけないものになってしまったのか、

仕事の頑張りだけを褒めてくれるようになる。

そういえば昔、そう、私自身がまだ高野さんたちと変わらない頃にも、

予定通りに退社しない女子行員がいたことがある。

その先輩の前では年齢の話はしないようにしたし、

彼との会話など、もってのほかだとそう思っていた。

でも、いざ自分がそうなってみると、別にどうだっていいことのように思えてくる。

後輩が彼の話をしても、結婚を夢見ていても、それは人のこと。

それをうらやましいとも、失礼だとも思わない自分がここにいた。



『結婚』



私自身、その言葉に、憧れを持った時期も確かにあった。

でも、今の私にはどんどん遠いものになっている。




人を好きになることなど、あまり多くない方がいいと思う。

初恋の人と結婚し、『なんだか人生を損した気がする』と言っていた友人がいたが、

私に言わせれば、それは贅沢だ。


耕した畑に、立派な花や実がなると嬉しいのと同じで、

途中で枯れてしまえば、気持ちも沈む。

『初恋』がうまくいったと言うことは、初めて耕した場所に花が咲いたということ。

これから色々なことを経験しても、またうまく行く気がするだろう。


しかし、何度も耕したのに、枯れてばかりだったり、

また、これはというものを必死に育てていたのに、うまくいかなくなると、

この先、何度繰り返しても、同じことになる……そんな思いばかりが大きくなる。



『恋』など、人生の中で何度か経験すれば十分だ。

色々なことに疲れてしまった。

私の楽しみは、しっかりと仕事をして、それで得たお金を使い、

誰に気兼ねすることなく、旅をすること。

知らないものを見たり、食べたり、そういうことが好きになってきた。


旅で出会う人たちは、その人の内面までえぐろうとはしない。


一人でいることを、寂しいと思ったことも……



「ふぅ……」



ないとは言えないけれど。


でも、自分よりも相手を愛する男など、この世にいるとは思えないのだから、

『心の底から愛される』ことなど、無理だと思っているのだから、

形に収まるわけがない。




それが私の結論……なのかもしれない。




【1-2】

かわいくない女に、素敵な恋は訪れるのか……
ぜひ、最後までおつきあいください。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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ドキッ

k3532i さん、こんばんは

>いつも創作を楽しみにしてます。
 私は元銀行員なので、数字のところでは思わずうなずいていました。

おぉ……やはり元行員さんは、世の中多いですよね。
今更ながらに、題材、選び間違えたか?(笑)

あれこれ調べながら書き進めていますが、『?』の箇所があっても、
広く、優しいお心で、どうかおつきあいください(笑)

ありがとうございます

藤原公任さん、こんばんは

訪問、ありがとうございます。
素人なので、色々と読みづらいところもあると思いますが、
お気楽におつきあいいただけたら嬉しいです。
コメント、ありがとうございました。