2 余計なことをする男 【2-1】

2 余計なことをする男


【2-1】

自動販売機の話は、特に問題なく終わることになった。



私のことを庇った梶本君に対し、反抗する気持ちもあり、

メンテナンスの人には、正直に蹴り飛ばしたことを話したが、

『そんなことでは壊れませんから』と逆にあしらわれてしまう。

それでも気持ち的に申し訳ないことも重なり、

私は、1週間資料室前へ向かい、販売機のコーヒーを買い続けた。





「お疲れ様です」

「お疲れ……」


その日の仕事を終えて、店の裏口から出ると、

何やら紙を持った高野さんと梶本君が、並んで歩いていくところだった。

高野さんは嬉しそうに一生懸命語りかけ、梶本君もそれに合わせて頷いている。

おそらく歓迎会の幹事同士、どこかの店にでも行くのだろう。

私は黙って後ろを歩いていくのはどこか悪い気がして、歩みを一度止めた。


「おっと……」

「あ、すみません……」


急に止まった私にぶつかったのは、謙だった。

そのまま腕をつかまれたが、その手をすぐに自らふりほどく。


「1杯だけ……付き合わないか」


私は結構ですと断り、また歩こうとしたが、謙は道を塞ぐようにして立ち、

そうとげとげしくなるなと、ささやいた。

他の行員に見られる可能性の高い、銀行の正面という、あまりにも大胆な誘いに、

声を上げることも出来ず、私は一人歩き続ける。


「話がある……1杯だけだ」

「結構です」

「どうしてそんなに拒絶する。あまりにも強く出られると、
深い意味でもあるのかと、探りたくなるだろう」


どんなに速く歩こうとも、謙を突き放すのは難しい。

確かに、ここで意地を張って避けるよりも、

もう過去のことだとハッキリ話した方が、これからのためにもいいかもしれない。

結局私は彼の誘いに乗り、30分ほど電車に揺られた。





ホテルの最上階にあるラウンジは、落ち着いた雰囲気の場所だった。

湾岸の再開発が進み、このあたりは一斉にホテルやマンションが建設された。

橋のライトと、そこを行き交う船や車の光が、『東京』が眠らない街だとアピールする。


「ファジー・ネーブルでいい?」


『ファジー・ネーブル』

謙と付き合っていた頃、よく飲んでいたお酒。

あの頃もこんなふうに待ち合わせて、気持ちよく酔わせてもらった。

私が好きなものを覚えていて、平然と注文するこの無神経さが、気持ちを乱す。


「『成和』が相手として『東日本』を選ぶとは、思わなかったんだ。
正直、古巣に戻るのは気持ちが乗らなかったが、君を見て変わった」


謙はカクテルのグラスを指で挟み、私の前へ流すように移動させた。

私はそれを受け取り、軽く口をつける。


「一人だったとは……驚いたよ」


赴任してきて最初の面接、確かに謙はそう言った。

『愛する』気持ちを、諦めさせた原因が自分にあるのだと、

少しは思ってくれているのだろうか。


「申し訳ありませんでした、ご期待に沿えず」

「歌穂……」


私が結婚していたら、謙の気持ちはさぞかし気楽だっただろう。

傷つけた女の心など、気にしていないと思っていたのに、

幸せでいる人は、多少、不幸な周りにも目が届くらしい。


「そう突っかかるなよ……」


謙が自分のグラスに口をつけると、氷の動く音がした。

大きめの氷が入っているウイスキー。

彼の好みも変わっていないらしい。


「『東日本』の名前を聞いて、最初に思い出したのは君のことだ。
会ったら戸惑うのではないかと思っていたのに、そんなことは全くなかった。
まだチャンスがあったと……それが正直な気持ちだ」


くだらないことを言わないでほしい。

そう言おうとしたが、言葉が出なかった。

あなたは結婚した。

遠距離恋愛をしていた昔より、さらに条件は悪いはず。


「よく考えてみるとそうだなと納得できたよ。君は『結婚』の二文字に、
当時、あまり興味がないように思えたし……」


『結婚』に興味がなかったわけではない。自分が選ばれるのかどうか、

それがわからなくて不安だったから、だから結論を求めることが出来なかった。

二人の女性を比べて、傷つけることなど恐れずに捨てていった人。

常に自分が前に出ていて、相変わらず身勝手な男だとそう思う。

あの頃はそれが素敵だとそう思えたが、今は……




今は……




「妻は、妻にしかなれない女だ。家で細かいことをするのが好きで、
黙って帰りを待っている、だから結婚した。
僕もいずれ、そういう女性を求めるのだと思っていたから……」


『妻にしかなれない女』

その表現を聞き、私は母の顔を思いだした。

長い間家に帰らない父を責めることなく、ずっと待ち続け、

『妻』でいることだけを心の支えにする女。


「でも……心は満たされなかった」


謙の勝手な言い分を聞きながら、私は目の前のカクテルを一気に飲み干した。




【2-2】

昔の彼と、隣の後輩に振り回される歌穂……
『恋』する気持ちは、どこかに落ちているのか。
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