2 余計なことをする男 【2-3】

【2-3】

数秒の空白があったが、中から『はい』という梶本君の声がした。


「隣の米森です、ちょっといい?」

「あ……開けてください」


そう言われ、ドアノブをひねると、梶本君は白いTシャツを着て、

頭はシャンプーで泡だらけだった。思いもしない展開に、私は言葉が出なくなる。


「すみません、こんな格好で、もしかして米森さんのところも出なくなりましたか?」


私は首を振り、何をしているのかと問いかけた。

当たり前だけれど、頭を洗っているのだと返される。


「頭って、どこで洗うの?」

「もちろん風呂です。まぁ、水は出るので、とりあえず頭だけでもと……」


壁の向こうにある風呂場で、水で頭を洗っていると思うと、

なんだか湯船にゆっくりつかる気分にはなれなかった。

私は、うちのお風呂を使っていいからと誘ってみる。


「あ……いいですよ。俺、こんなこと慣れてますし。
大学の時も、友達の家で……」

「いいから、そんなこと。とにかくお風呂はきちんと入ったほうがいいでしょ。
体を洗わないのも、汚いし」


梶本君はそんなにたいしたことではないと笑っていたが、

私は梶本君の泡だらけの手をつかみ、そのままうちへ引っ張ってくる。

何も知らない隣の人なら、どうだっていいかもしれない。

でも、明日も職場で顔を合わせるからこそ、きちんとしてほしかった。

水で頭を洗い、体も洗わなかった人だと思いながら、

向かい合って仕事をするのは気分が悪い。


「あ……あの、あの……」

「何?」

「タオルとか、その」

「うちにある!」


私は、お湯を出し続けていた風呂場に梶本君を押し込み、

何か成し遂げた気分で、大きく息を吐いた。





買ってきたお酒を冷蔵庫に入れ、洗濯したタオルを用意してあげると、

中から楽しそうな鼻歌が聞こえだした。

いいですよなんて言っていたくせに、

シャワーだけではなく、しっかりお風呂に入っている。

鼻歌が時々、調子外れで文句を言おうかと思ったが、

なぜかおかしくなって言えなかった。

梶本君がお風呂から出てきたのは、さらに30分くらいしてからで、

入れたはずのお湯は、きれいになくなっていた。


「あれ?」

「あ……全て洗いました。壁も浴槽も、それからこういった道具も」

「洗った?」

「はい。米森さんが使うものなのに、俺が使った後を渡すのは悪いし……」


男の人のくせに、結構時間がかかるなと思っていたが、梶本君はお風呂を洗っていた。

逆にあれこれ気をつかわせてしまった気がして、申し訳なくなる。


「そんなこと、しなくてよかったのに」

「でも……」


梶本君は、タオルだけは洗って返しますと、肩にかけたまま挨拶をする。

私は冷蔵庫から買ってきたチューハイの缶を取り出し、

よかったらどうぞと手渡した。


「いや、こんなこと」

「この間、販売機のことで助けてもらったお礼」


慌てていたとき、梶本君が来てくれたことで、間違いなく落ち着けた。

梶本君はありがとうございますと言いながら、急に笑い出す。


「何? なにかおかしい?」

「いや、有働副支店長が言った通りだなと」


有働副支店長……謙のことだ。


「何言ったっけ?」

「ほら、米森さんはきちんとしているって、
少しでも曲がっていると、それが嫌なんじゃないかって、言われたじゃないですか」


そうだった。どこかから聞いてきたようにごまかしたセリフだったけれど、

謙は私の性格を知っている。

仕事と同じように、何もかもがハッキリしていないと、嫌なのだ。


「すぐに管理会社へ連絡して、直してもらいなさいね。毎日なんて貸さないから」

「はい、もちろんです」


梶本君はもう一度頭を下げてくれた後、そのまま玄関を出て行った。

私はあらためて風呂場へ向かい、蛇口をひねる。

あまり背が高くないので、普段届かなくて、ついつい洗い損ねている横の壁の上側も、

梶本君は背が高いから、しっかりとこすってくれていた。

助けたつもりが、また助けられた気がして、

明日こちらから頭を下げるべきだろうと、湯船に溜まっていくお湯を見ながら考えた。




【2-4】

昔の彼と、隣の後輩に振り回される歌穂……
『恋』する気持ちは、どこかに落ちているのか。
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