3 愛だけに生きる女 【3-3】

【3-3】

合併から、2ヶ月近くが経過した。

山田支店長は、何を話し合うのかわからないが、本店へ行くことが増えたため、

以前に比べて留守が多い。

閉鎖された支店から入った年配の副支店長は、そのまま3月まで残るようだが、

一歩引いた状態が続いている。

『森口支店』が元『東日本』の支店であったため、初めこそ慎重な動きを見せていたが、

理解できてからは、仕事の核部分が、一人の元に集中し始める。


『森口支店』の支店長は、有働謙が引き受けるのだろうか。

それとも、この場所を別の人間に渡し、彼はさらなる場所を求めるのだろうか。


37才で、成和の生え抜きではない彼が、来年春の人事異動で『支店長』となれば、

異例中の異例であることは間違いない。

この合併があるからこその、人事だと思う。


「これは、どういう資料?」

「はい……」


どこかのんびりだった『東日本銀行』と違い、『成和銀行』のシステムは、

確かに効率もよく、仕事も進む。

それでも使い慣れない部分があり、時々動きが止まってしまった。


ものすごい量の数字が並び、それが一つでもあわなければ、全てが狂う。

それが『銀行』という環境。

その日の営業時間を終え、全ての記入用紙や書類を揃えていると、

1枚紙がないと窓口を担当した女性パートが声を上げる。


「全員、ここを出ないでくれ。書類が1枚抜けている。
今日触れたファイルなどを開き、今すぐ探して欲しい」


後方担当者の言葉に、仕事が終わりだと思っていた高野さんはため息をつき、

積み重なった紙の1枚1枚を、もう一度丁寧に触わり、確認した。

静電気などで、2枚がついてしまうこともよくあるため、

私は指サックをつけ、気持ちを集中させる。





書類は、10分後に机の引き出しの隙間から見つかった。

もっと余計な時間がかかるかと思っていたのに、案外あっさり終わってしまい、

気が抜けるくらいだった。

更衣室で服を着替え、そのまま同僚に挨拶をすると、携帯を開く。

家からのメールが入っていたので、

また『帰宅』の催促かと思いながらボタンを押してみた。



『お父さんが病院に入院しました』



母からのメールはこれだけだった。

何度も入れてこないのだから、それほど大げさなものではないと思いつつも、

メールの返信をしないのは、あまりにも大人げないと、

私は久し振りに母へ電話することにする。


「もしもし、歌穂だけど」

「あぁ、歌穂」

「どうなの? お父さん」

「う……うん」

「入院でしょ? お母さん、着いていなくていいの?」

「……うん」


歯切れの悪い母の返事。

私は半分わかっていて、あえてそう聞いた。

父のそばには、母ではない人がいる。

それは今に始まったことではない。


「お母さん、あんなの追い出してやればいいのよ、病室から」

「歌穂……」

「あの女は、本来、陰でひっそりしていなければならない人なのよ。
どうしてお母さんの方が遠慮するのよ。堂々と私がそばにいますからって、
言えばいいじゃない」




『坂口弥生』

父が長い間、関係を持っている女性の名前。

今こそ、『神南大学』で教授と呼ばれる立場だが、当時はまだ助教授で、

給料もそう多くはなかった。誰に紹介されたのかはよく知らないが、

贔屓にした店で彼女と出会い、そして、父は『愛』を与え続けた。



私が初めて彼女と会ったのは、高校1年の時。

今日と同じように、父が元々あまり強くない心臓の乱れがあり、

救急車で運ばれたことを聞き、私は病院へ向かった。

病室には、母がいるものだと疑わなかったのに、目の前に座っていた女性は、

着慣れた和服姿で父の隣に座り、当たり前のようにリンゴの皮を剥いていた。


「あら……驚かせたかしら。大丈夫よ」

「あなたは誰ですか」

「私? 私は……」

「歌穂、お父さんが世話になっている人だ、挨拶をしなさい」


女としてはまだ未熟だったが、直感でこの二人がどういう関係なのか、

それはすぐにわかった。彼女が父に向ける視線、それに応えようとする父の笑み。

私は自然に両手を握りしめる。


「お花の水を、取り替えてきます」

「あぁ……」


彼女は私の横を通りすぎ、病室を出ていく。

私は後を追うように部屋を出て、腕をつかんだ。


「お見舞いでしたら、もう結構です、お帰り下さい。
ここには母が来ますから」


娘として当然のことを言ったつもりだった。

『不倫』という間柄にいる女は、日陰にひっそりとたたずむから美しい。

しかし、坂口弥生は、挑戦的な目を向け、正しいのはこちらだとばかり、

笑みを浮かべた。


「そうね……契約を結んでいるのですから、
お母様がここにいらっしゃるのが正しいのでしょうけれど、
源太郎さんは、私の部屋で具合を悪くしたの。
そばにいたものとして、ここへ来て様子を見ているのは、当然のことではないかしら……」

「でも……」

「お気遣いなら結構ですよ。私はね、自分でこの関係を選びましたから。
『愛されることを望んだ女』なんです。愛していただいた分、
その思いにお答えしているだけですよ……」


契約上の妻は母だけれど、『女』として愛されているのは自分なのだと、

坂口弥生は娘の私の前で、堂々と言い切った。

心が破裂するくらい腹立たしい態度だったけれど、その言葉にウソはなく、

父はそれからもずっと、この『女』を愛し続けた。



【3-4】

『愛されたい』という思いは、誰にもあるものだけれど、
年齢を重ねた歌穂は、そう素直に言えなくて……
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