【S&B】 21 僕の心と僕の足

      21 僕の心と僕の足



鮎川さんは当然のように、三田村が使っていた椅子に腰掛け、仕事の準備を始めた。

同じ会社に所属する大橋の態度を見ていると、鮎川さんの方が少し先輩らしく、

営業部の状況を丁寧な言葉で説明し始める。


所詮、彼女たちは派遣社員なのだから、長く同じ場所にいることはないのかもしれないが、

三田村が誰にも何も言わないで、突然退社した状況が納得出来ない僕は、

書類を机に出してはしまい、PCを叩き始めては肩が凝り首を回す。


同じように納得出来ず、仕事に乗り切れない原田が、何度も鮎川さんの方を向き、

座っているのが三田村じゃないことを確かめ、辛い表情をした。





「私の責任です、私があんなことを三田村さんにしたから……」


昼休みになり、食事をする前に原田が僕のところへ耐えきれずに飛んできた。

あの出来事から少しして辞めたとなれば、気になるのは当然のことで、

彼女の落ち着かない気持ちは、『罪のない人を傷つけた』同じ失敗をしたもの同士、

とてもよくわかる。


「とにかく、事情は調べて聞いてみるから。あれが原因ならこんな辞め方はしないはずだ」


原田は大きくため息をつき、両手で顔を覆い下を向いた。いくらどう悔やんでみても、

状況は変わらない。とにかくミスのないようにと指示を出し、彼女を営業部へ戻す。

入ってきたばかりの鮎川さんは、業務経験が長く、三田村がいるよりも仕事はスムーズだった。


「大橋、ちょっと手伝ってくれ」

「はい……」


個人的な話をするとき、近頃定番になりつつある屋上へ向かい、今朝、大橋が話そうとした

三田村の退社理由を僕は尋ねた。


「私も、少し前に知ったんです、三田村さんが自己退職に応募したこと」

「自己退職?」


この不況の中、大橋と三田村が所属する派遣会社も経営が難しく、長く受け入れてくれていた

大手家電メーカーから、30人もの社員が契約を打ち切られた。だからといって、

すぐに振り分ける企業はなく、本社で遊ばせる日々が続き、ついに『自己退職』を募った。


入社から3年以上経過している者には、それなりの退職金代わりを出すことになり、

待っているのが辛くなった者や、結婚が決まった者などが何人か手をあげた。


「三田村さんとは頑張ろうねって話してたんです。私たちはまだ来たばかりだし、
やっと仕事にも慣れたしって……でも……」


大橋が昨日、本社へ契約更新に向かった時、三田村の退職を聞いたらしく、

彼女も驚いているのだとそう言った。


「あまりにも突然だよな……」

「はい……」


三田村はうちの会社の契約が終わった時点で退社したいと申し出たが、会社の事情が変わる。


「鮎川さんは、うちの経理の親戚なんです。で、契約が打ち切られた大手メーカーに
行っていて、今回戻されて。次は、スーパーに決まっていたらしいんですが……」


少し離れた場所にある線路の上を、新幹線が走り、その音に一度言葉を止めた。

その間の僕は、メガネをかけた三田村が、営業部で何度も謝っていた姿を思い出す。


「私は大手じゃなくちゃ嫌だって言ったそうです。だから、辞めることを決めていた
三田村さんの代わりにって、無理矢理はじき出されて……。逆に、鮎川さんが行くところへ
三田村さんをと話したら、辞めることがわかっている人を採用することは
できないってことになったらしく、結局、予定より早く辞めることに……」


はじめて三田村と会った時、メガネが一瞬で曇り、僕は彼女が真面目だけれど生き方がうまくない人

なんだろうとそう分析したことを思い出す。実際、この3ヶ月、そんなシーンばかり見続けてきた。


……結局、また、三田村は犠牲になった。


何かが起こると、すぐに引いてしまう彼女の性格を考え、あまりのやりきれなさに、

大きなため息が出る。


「そうか……」

「みなさんに挨拶に来たいと思っているみたいなんですけど、鮎川さんが仕事を
取ったようになっているので、その前で辞めるんですっていうのも、言いにくいみたいです」


僕は大橋の言葉に何度も頷いた。巡り合わせの悪さなのか、彼女の運のなさなのか、

それでも三田村の満足そうに笑っている顔が浮かび、思わず空を見上げる。


営業部員達には、これから一緒に働くことになる鮎川さんの手前、三田村の辞めたいきさつを

細かく語ることはしなかったが、状況上、原田だけには本当のことを告げる。


「だから、君が気にすることじゃない。三田村は、あの出来事の時、退社を決めていたそうだ」

「……わかりました」


原田は少しだけ安心したような表情をしたが、すぐに目を閉じ小さく首を振った。

年齢はほとんど変わらないのに、所属した場所が違うだけで、これだけ待遇が変わってしまう。


「辛いことも多いですけど、競えるっていいことなんですね」

「あぁ……」


こんな日にも、外にはいつもの夕焼けがあり、太陽はいつもの場所に沈み始めた。





大橋から説明を受けたものの、なぜ三田村が『自己退職』することになったのかという理由は、

結局、何もわからなかった。



『それに比べて私は……どう頑張っても、半年しかここにはいられません。
みなさんのお役に立てるような仕事も出来ませんから』


あの日、屋上でそう言った彼女の言葉を思い出す。ちょっとした恋の話くらいなら、

ブログで聞き出すことも出来るが、退職理由をいきなり聞き出すのは、あまりにも不自然だ。

僕の左手は自然に携帯を開き、登録された三田村の番号を押す。

何度か繰り返される呼び出し音の後、留守電の基本メッセージが、女性の声で流れた。


その事務的な声が言う通りに、メッセージを残す気などにはなれず、僕はそのまま電話を切る。

定期を改札にかざしホームに入ると、ライトをつけた地下鉄がパーン……と音をさせ、

強い風を引き連れてホームへ入る。止まる寸前に見えた女性が三田村に見え、

僕は少し早足で前へ進む。扉が開き確かめると全くの別人で、空いた場所に乗り込み外を向く。


景色の変わらない地下鉄の窓には、僕を見ている僕が映り、そのシルエットが何かを迫るようで、

そのまま視線を上へ向けた。


路線図の下には小さな光るボタンがあり、電車が進むたびに、右へ一つずつ移動する。

クイズ番組などで、残り時間が表記されるあの機械に似ているそのボタンは、

また一つ右へずれ、僕は数を数えた。


三田村が住んでいる駅へ行くには、あと3つこの扉が開いたら、乗り換えないとならない。


『退職理由』という、個人的なことを聞き出すのはまずいという気持ちと、

なぜ、彼女がこんなふうになるのか、理由を知りたい気持ちが電車の揺れと同じように揺れる。

僕が軽く目を閉じた時、背中を押されたように、電車が大きく揺れ、思わず扉に片手をついた。





駅から一人、煉瓦で舗装された道をまっすぐに進む。以前、車で送った時に聞いていた、

強面の警察官はいるだろうかと、交番の中をちらっと見たが、食事中なのか、見回り中なのか、

会うことは出来なかった。塾帰りの子供が、ゲーム機を睨みながら歩き続け、

僕と同じような背格好のサラリーマンが、携帯を片手に大声で話しながら、慣れた道を進む。


美味しそうな匂いを漂わせる総菜屋で、買い物をしてないかと三田村の姿を探すが、

メガネをかけた女性は、僕の前に現れることがなかった。


少し歩いては立ち止まり携帯を鳴らす。突然、訪問することが失礼だとわかっているだけに、

電話に出て欲しいと願うが、留守電状態は変わらないままだ。


また、明日……。そう思う自分の頭と、なぜか早足になる自分の足。



『ここでいいです。この奥ですから……』



あの雨の日、母へのケーキを残した三田村が、僕に頭を下げ、消えていった道が見えた。

すぐ目の前には白いアパートがあるが、あの時、この細い道を奥へ入ったのだから、ここではない。

僕は右と左を交互に見ながら、少しずつ前へ進む。ゴミ置き場のバケツをいじっていたネコが、

僕に気付き素早くどこかへ消えた。


空を見上げると、木の隙間から月が見え、僕はまた携帯電話を取りだし、三田村の番号を回す。

やはり電話は留守電のままで、声を聞くことは出来なかった。


道をまっすぐ、さらに50メートルほど進むと、また別の大きい道に出た。

ここまでの間、いくつかあったアパートと、歩いてきた道からさらに奥へ進む道があり、

結局どう探していいのかもわからない僕は、ただ偶然を期待するしか出来ずに、また携帯を開いた。





22 男と女 へ……




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コメント

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不器用

器用では無いけれど、一生懸命頑張って、でもいつもババe-277を引いてしまう。運が悪いというのは簡単だけど、そんな生き方しか出来ない三田村さんが愛おしいなー。
祐作は何故そこまで三田村さんが気になるのか、自分でもハッキリ分かってないようね。
それが恋の始まりよーーーe-349って始めさせたいのは私なんだけどヾ(≧▽≦)ノギャハハ~

電話に出ないのが気がかり・・・何かあったのかしら?v-404

三田村ちゃん

yonyonさん、こんばんは!


>器用では無いけれど、一生懸命頑張って、でもいつもババを引いてしまう。

三田村さんには、あれこれありましてですね……これから祐作は一つずつ、
気付くことになるんですけど、そうそう、まだ、バッチリ恋モードv-344じゃないよね。

うふふ……これから、これから。

電話e-394に出ない理由、それもちゃんとわかるから、もう少し待ってくれい!