4 ハッキリ言う男 【4-5】

【4-5】

美味しい食事と、ほっとする温泉。

鳥の鳴く声がして、座布団を頭の下に敷いていたら、いつの間にか眠っていた。

いつもと同じ時間が、今ここにも流れていることが、信じられないくらい。

数字はウソをつかないし、しっかり扱えば答えを返してくれるけれど、

肩は凝るし、目も疲れてくる。

葉の緑は濃淡で目を休め、太陽の眩しさまでも緩和してくれた。

空気をお腹いっぱい吸い込み、そして吐き出していく。

何をしたわけでもないのに、旅はいいなと体中で感じていく。

誰に気兼ねすることなく自分を解放し、そしてまた次も頑張ろうと思うことが出来た。



天気がよかったからなのか、

矢部さんではないけれど、絵心があれば確かに描いて見たいと思うかもしれない。

長生きすると評判のたまごを食べ、そしてカップルの記念撮影を引き受ける。

今はデジタルカメラだから、失敗することはないので、

機械にあまり強くない私でも、気軽に引き受けてあげることが出来た。


「ありがとうございました」

「いえいえ」


カップルは、映った自分たちを確認しながら、また次の目的地へ歩いていく。


「さて……と」


遠くまで景色が見える場所に立つと、自分が本当に小さな存在に思えてくる。

世の中には、もっともっと色々な人がいて、色々なことがあるのだろう。

足元ばかりを見ている毎日、だけれど、私にはそれも必要で……


「はぁ……あらためて旅はいい」


箱根の1泊旅行は、充実していたためにあっという間だった。

土産物の店に入り、あれこれ見ていると、

チョコレートのかかったスティックケーキが並んでいた。

本来なら、誰にも言わずに来ているのだから、職場にお土産は必要ないのだけれど、

隣に梶本君が住んでいて、旅に出ている事実を知ってしまったのだから、

ここは何かを買って帰らないと。

年齢を重ねると、妙なところにばかり気が向くようだ。

銀行はとにかく人が多い。たくさんの人に渡るよう、土産物は数が勝負。


「これ……いいかも」


それとは別のお土産を買い、私の旅行は終了する。

夕方近くにマンションへ戻れてしまうのは、近場だから。

郵便受けを開け、中に入っている封筒を手に取ると、差出人を見た。


「エ……うそ……」


届いていたのは、『結婚式』の招待状だった。

ウエディングベルのピークは、もう3年ほど前に迎え、

当時は、同じ月に2度招待されたこともあった。

さすがにここのところはそういったこともなくなり、彼女の結婚式は、

2年ぶりのおめでたい席となる。


「ふーん……そっか、そうなんだ」


年賀状を出せば、赤ちゃんの写真付きが届き、

同窓会名簿を見れば、旧姓という欄をつけた人が増えていった。

同じ場所で青春を迎えていたはずなのに、環境が変わると話題がずれていき、

そう言われてみると、ここ数年、誰とも会っていない。


「9月か……」


カレンダーを見て、印をつける。

楽しい時間を共有した友人が、おめでたい日を迎えるのだから、

私も参加してあげないと。

苗字の違う二人が、これから一緒の名前を名乗り、

一生寄り添っていくのかと思いながら、招待状を無くさないように、

棚の引き出しに入れた。



私の家庭がもっと普通のものだったら、いや、自分がもっとうまく恋愛をしていたら、

今の自分は、ここにいなかったのかもしれない。

小さな部屋でも愛する人の帰りを待ち、

動き回る子供に手を焼く生活があったのだろうか。

私は洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤を入れると旅の余韻を洗い流した。





計算機を右手で弾きながら、画面の確認をする。

数字はゼロが並び、突然マイナスが現れた。

休憩室に置いた私のお土産は、通り過ぎる人たちが一つずつ取っていくようで、

順調に減り続ける。

梶本君からのダメージを、別の恋愛に擦り替えた高野さんは復活し、

私に、本当に一人旅だったのかと、疑いの眼差しを向けてきた。


「米森さん、寂しくないですか? 一人旅なんて」

「そう? そうでもないわよ。ゆっくり出来るし……」


悔し紛れでもなんでもないのだが、高野さんは自分には耐えられないことだと、

お弁当を口に入れていく。

まぁ、高野さんの年齢なら、確かにそう思うだろう。

私だって『一人旅』が満喫できるようになったのは、ここ2年くらいのことだ。

最初は『寂しさ』の方が強かったけれど、それがだんだんと解放感に代わった。


「ねぇ、どうだった? あやめ」


井上さんにそう問いかけられ、

高野さんは、彼が自分のことを常に気にしてくれているので、

お姫様気分になれたと嬉しそうに語る。

私は二人の話題から離れようと、空になった弁当箱をしまい、休憩室の席を立った。



【4-6】

『恋』の駆け引き……探る男と、探られる女
日常が、窮屈に思えてしまう時は、心が疲れているのかもしれなくて……
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