5 心が揺れる女 【5-5】

【5-5】

「あいつら、大学のサークル仲間なんですよ。
世話になっていた教授から頼まれごとをした二人が、
せっかくだから飲もうかという話しになって、
で、米森さんのベランダを覗いた神田がプラスされて、
別のところで待ち合わせたらしいんです。近いからって俺にも誘いがあったのですが、
俺は家で『花火大会』を見ようと思っていたので、そう断ったら、
そんなものがあるのなら、お前の部屋で飲む……ということになってしまって」


偶然と突然と、それから思い切りが重なって、

結局、梶本君の部屋が会場となってしまった。

私は嫌味でもなんでもなく、楽しそうでよかったじゃないと返してあげる。


「いや……でも……」

「26だっけ? 梶本君、そうだよね、まだ大学卒業して4年だもの。
勢いがあって当然よ。このマンションの人たちだって、
『花火大会』があることくらい知っているのだから、多少声が上がっていたって、
迷惑だなんて言われないから。そんなに非常識な時間ではなかったでしょ」

「いえ、他の人はどうでもいいんです」


梶本君は、あらためて申し訳なかったと、駅のホームで頭を下げた。

人に真面目だのなんだの言うくせに、梶本君も相当立派な真面目ぶり。


「ねぇ、どうだった? 私の唐揚げ、食べてくれた?」

「あ、はい。そうでした。メチャクチャ美味くて、みんなに好評でした。
あれ、手作りですよね」

「そうよ……学生時代にバイト先で教わった味付けなの。
よかった、気に入ってもらえて」


待っていた電車が到着し、私も梶本君も同じ扉から乗り込んだ。

なるべく奥まで進み、よろけないようにつり革へつかまっていく。

しばらく電車の揺れに合わせながら、互いに黙っていると、電車は地上から地下へ入った。

窓ガラスに映る梶本君の表情が、少しずつ柔らかいものになっていくのがわかる。


「米森さん」

「何?」

「今度、俺と食事に行きませんか」


私は、思いがけないタイミングで、梶本君に誘われた。

今回、迷惑をかけてしまった謝罪だと言うけれど、そこまでされてしまうと、

こちらの方が恐縮してしまう。


「もういいって、そんなに気にしなくて」

「謝罪がイヤなら、普通にお誘いします」

「ん?」


なんだか話がよくわからないけれど、ここで受けるとデートになるような気がするし、

あまり強く拒絶するのも、隣同士なわけだから、今後にいいとは思えない。


「……じゃぁ、謝罪でいいです」


梶本君のペースに巻き込まれた気がしながらも、

私は食事と言う謝罪を受けることになった。


「いつがいいですか」

「仕事が忙しくない日なら、大丈夫だと思うけれど」

「……はい」


朝、部屋の前で会った時には、元気のなさそうな顔をしていたのに、

今は、なんだかとても張り切っているように見える。


「あ……そうだ。梶本君」

「はい」

「『ジュピター』で私の失敗談を披露したでしょう」


そうそう、そうだった。そこはきちんとしておかないと。

梶本君は失敗談ではないですよと言いながら、つり革を持つ手を反対に変えた。

少しだけ距離が近くなる。


「米森さんがどんな人なのかって、矢部さんが聞いてくるので、
俺が知っていることを、教えてあげただけです」

「それにしても……」

「今度、唐揚げが上手なことも、付け足しておきますから」

「……いいわよ、そんなこと」


電車は時間通り駅に到着する。

乗り換える人、地上に出る人、それぞれが狭い車内からホームへ降りた。

同じタイミングで降りたはずなのに、一瞬、梶本君を見失う。


「あれ?」


別に一緒に行きましょうと約束したわけではないのだから、

探す必要などないのだろう。もしかしたら先を歩いているのかも知れないと、

階段の上を見ていくが、それらしき人はいない。

置いて行かれたと叫ぶところではないけれど、なんとなく……


「あ……」

「米森さん、何クルクル回っているんですか」


梶本君の右手が、私の左手をつかみ、人の波の中に引っ張ってくれた。

私は階段を1段ずつ、昇っていく。


「私、クルクルなんてしていた?」

「してましたよ、ホームで」


こういうとき、身長が高いと、上から見ることが出来るから得だと思う。

私はそこから背筋を伸ばし、ウロウロしないように気をつけた。





月曜日。週末の動きの整理整頓をしながら、顧客の入出金に対応する。

この近くで、アパートをいくつも持っているおじいさんが、

紙袋に500万円を入れて持ってきて、振込みをすると窓口に立った。

窓口担当のパートは、後方の職員に合図を送る。

近頃、色々な犯罪が起きているため、銀行も常に疑念の目を持っていないとならない。

お客様の大事な預金は、私たちにも大切な資金となっている。


「早野さん、こちらは初めての取引先ですけれど、大丈夫ですか」

「あ……あのなぁ……」


後方を担当していた高野さんは、すぐに顧客名簿を調べ、

早野さんのご自宅へ連絡を入れた。

不動産を多く持つため、息子さんが現在の社長を務めている。

おじいさんが大金を持ってきたことをお嫁さんに確認すると、

金庫内の別予定のお金を出したようで、やはり正式な取引先ではなかった。


「早野さん、今ご自宅に連絡を取りましたが、入金は不要だそうです」

「不要? 何を言っているんだ君は」

「あ……あのお嫁さんが……」



高野さんがお嫁さんから聞いたと告げたが、

早野さんは、自分の方が正しいと譲らない。


「いえ、でも……」

「何! 君は、私を信用しないのか」


高野さんが、お金を受け取り、振込みの手続きをしないことに、

早野さんは、自分をバカにしているのかと、声を荒げだす。

私はこのままではまずいと思い、席を立った。

ご本人のしていることを、真っ正面から否定するやり方は正しくない。

人前だからこそ、プライドを傷つけないように声をかけないと。


「早野さん、こんにちは」


私より少し前に席を立った梶本君は、高野さんの肩を軽く叩き、

場所を変われと指示を出した。



【5-6】

動き出す恋模様。雨は心を濡らし、花火は心を照らす。
歌穂の『心』は……ゆっくりと歩き出しているようで……
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