【again】 16 思い出作り

【again】 16 思い出作り

     【again】 16



楓と別れた直斗は、あかりをつけることなく、ペットボトルのミネラルウォーターを手に持ち、

部屋の隅に座った。



『なぁ……あいつだろ、急に現れた兄貴っていうのは……』

『どうせ財産目当てだろ……』



10年前、突然現れた篠沢家の跡取りにかけられたのは、こんな言葉ばかりだった。

どこへ言っても向けられるのは冷たい視線で、幼い頃からの亘を知る者からすれば、

当然だったのかも知れないが、直斗にしてみれば、突き刺さるその攻撃を避けて通るか、

あえて睨み返すくらいしか、方法は見つけられなかった。


同じ父親を持ち、息子という立場にありながら、なぜ、自分だけがそんな思いを

しなければならないのか。全ての原点は、そこにあるはずだった。



『そうよ。あなたの望みを叶えられるのは……私だもの……』



誰からも認められる跡取りになり、今までの思いを跳ね返していく……。

それが出来る立場が、すぐ目の前にまで近づいてきているのに……。

直斗がペットボトルに口をつけると、冷たい水がコクンと音を立て、ノドを滑り落ちていった。


胸につかえているようなものが、気になりだしたのはいつからだったのだろうかと、

直斗は、空に見えない星を探しながら考える。


楓からのメールが届く度、直斗の携帯は、何度も、何度も、ポケットの中で揺れた。





「お年寄りの配送サービス?」

「うん、ここは昔から住んでいるお年寄りが多いでしょ? 私たちパートも上手い具合に
近所に散らばっているから、買い物をして例えばいくら以上とか、1回いくら……とか、
その辺は経営の仕方なんだろうけど、配達をしてあげれば、お米とか、お酒とかかさばる物も、
ここで買っていってくれる気がするのよね」


絵里と真希はパートを終え、自転車を押しながら、帰り道を歩いていく。



『サービス向上のアイデア募集』



そんな本社からの提案に、絵里はこんなことを考えた。真希はその通りだと、頷きながら聞く。


「隣のハナさんには、以前からそんなふうに頼まれてあげてたんだけど、よく考えたら
ハナさん以外にも助けを必要な人がたくさんいて、きっと、喜ばれるんじゃないかって……」

「池村さんって、すごいわね。私なんて毎日の献立と、生意気盛りの相手だけで、手一杯よ。
結局今回も、何も浮かばなくて、提出しなかったし……」

「考えただけだもの。採用されるかはわからないでしょ?」

「そうだけど……」


二人は階段の前で別れるまで、あれこれ楽しそうに語り続けた。





「部長、先日募集したアイデアの一覧です」

「あぁ……ありがとう」


全店舗で一斉にアイデア募集をしたのだが、積極的に出してくれる店舗もあれば、

ほとんど提出のない店舗もあった。亘はその数に比例するように、

売り上げ成績が決まっていることに気付き、思わず苦笑する。



『池村絵里』



その名前を発見し書類をめくっていくと、そこには絵里が提案した、

『お年寄り配送サービス』のことが、しっかりと書かれている。



『好きなんですよ……』



そう告げた時の絵里の驚いた顔が浮かび、亘は、しばらく店に顔を出せていなかったが、

彼女は元気に頑張っているのだと、書類を見ながらそう考える。


「みんなはどう思う? いいと思うものがあれば、どんどん検討してみよう」


亘はそうスタッフに告げると、机の一番下の引き出しを開けた。そこには青い布に包まれた

1枚の絵が、大切にしまわれていた。





家へ戻った絵里は、ベランダへ出て、洗濯物を取り込み始める。大地は学校から戻り、

ランドセルを放り投げたままで、友達と近所の公園へ遊びに行った。


車のエンジン音が響き、すぐに304と地面にかかれている駐車場を見たが、

その場所に車はなく、今日も空いたままになっている。


直斗は病院には行っているようだったが、団地に姿を見せることはなく、

それでも車のエンジン音がすると、絵里はつい見てしまうことが多かった。

ハナがいなくなってしまったら、もう会うこともなくなるのだろうと思いながら、

取り込んだ洗濯物を、1枚ずつ丁寧にたたむ。


「ただいま!」

「お帰り大地。手を洗ってうがいして」

「うん……」


大地は手を洗いうがいをすると台所へ戻り、冷蔵庫を開け牛乳を取りだす。


「ねぇ、友之君のおうちね、ピアノがあるんだよ……お姉ちゃんが弾けるんだ」

「そう」


友達が出来て、世界が広がり始めた大地から、直斗のことを聞くことも少なくなった。

絵里は、あれだけ話題に出ていたのに、子供は案外あっさりとしているものだとそう思う。


「あ、直斗の車の音だ!」


エンジンの音を聞いた大地は、そう言うとすぐにベランダへ出ていって、

柵の間から駐車場の方をじっと見つめる。


「直斗! おーい!」


話題に出てくることは少なくなったが、やはり大地にとって、直斗の存在は特別なものだと、

はしゃいで手を振っている姿を見ながら、絵里はそう思い直した。


しばらくするとインターフォンが鳴り、大地が玄関を開けると、そこには直斗がいた。


「直斗、僕、車の音がわかったよ」

「驚いたよ、大地。お前すごいな……」


絵里は少し遅れるように、玄関に出て直斗に頭を下げる。


「こんばんは……」


絵里のその言葉に直斗は顔を上げ、一度軽く頭を下げた。


「こんばんは。すみません、カギを貸していただけますか?」

「あ……はい」


下駄箱の上に置かれた、小さな箱に入っているハナの部屋のカギを、絵里は取り出し

直斗に手渡す。


「週末、退院できることになりました」

「あ……そうなんですか、よかったですね」


絵里は、病院で大地の手袋を編んでいたハナの姿を思い出しほっとする。


「もう……この家で暮らせるのは最後だと思います。年明けまでここで過ごして、
また、入院させる予定なんですが……」


そう告げる直斗のトーンは落ちついていて、医師からの言葉を聞くときは、取り乱したようにも

見えたのに、今はしっかり覚悟が出来ているのだと、絵里はそう思う。


「あの……」


絵里は寂しそうにうつむく直斗の方を向きながら、言葉を続けた。


「お布団のカバーとか洗っておきます。部屋も開けて、風を入れて……。
明るく迎えてあげましょう、直斗さん。せっかく思い出を作れる時間が、あるんですから」

「思い出作り……ですか」


絵里の横に立っていた大地が、直斗の腕を何度も引っ張り、部屋へ入れようとする。


「直斗! ご飯一緒に食べようよ!」


思いがけない提案に、絵里と直斗の視線が自然にあい、絵里は大地が脱いだ靴を

揃えようとしゃがむ。


「たいしたものじゃないですけど、よろしかったらどうぞ」

「よろしかったら!」


大地が後押しするように、ふざけてそう言ったので、直斗は笑いながら、

大地のおでこを指で弾いた。





台所では絵里が食事の支度をしていて、大地は宿題をするために部屋に入っている。

窓際に立っていた直斗は、以前見た家族3人の写真を手に取り、じっと見つめた。


この男性が亡くなることなく生きていたら、この二人と出会うことはなかったわけで、

唯一の味方だと思っていたハナの状況も、一人なら冷静に受け取れなかったのではないかと、

直斗はそう考える。


「パパは桜の木になって、毎年自分の成長を見に来るんだと、
以前大地から聞いたことがあるんですけど、御主人は桜が好きだったんですか?」


直斗のその問いに、絵里は作った料理を、皿に入れながら答える。


「……あ、はい。主人は桜が好きだったんです。大地が5月生まれなのを、
もう少し早ければ……なんて悔やんでいましたし。とにかく、亡くなったと説明しても、
大地は小さくてわからないから、それなら1年に1度でも、彼を忘れずに思いだして欲しくて」


その時、携帯が鳴り始め、写真を場所に戻し、直斗は受話器をあける。

絵里は、その姿を見ながら、食卓へ料理を運び始めた。


「あぁ……。そうか……」


絵里は電話をしている直斗を見ながら、あることに気付き、ふと口元をゆるめる。


「わかった。そのまま進めて……」


そう言って電話を切り、ポケットへしまうと、直斗は一度だけ咳払いをした。


「直斗さんって、電話で話しをする時、唇を噛むのがクセなんですか?」

「エ……」

「以前、食事に連れて行っていただいた時もそうでしたし、今日も……」


直斗がそんなふうにクセのことを指摘されたのは、これが初めてだった。

そう言われて意識すると、唇の左側を少し噛んだ余韻が、残っているような気がする。


「あ……そうかもしれないな。でも、意識したことなかったけど……」

「そうですよね。ごめんなさい、くだらないこと言ってしまって」


絵里は少し照れたまま、夕食の支度を続け、急にそんなことを言われた直斗も、

その場に立っているのがなんとなく気になり、静かな大地の様子を見に、ふすまを開ける。


「あ……」


直斗を夕食に誘ってくれた大地は、机に頭を乗せすっかり眠っていた。


「すみません」

「いえ……」


用意した布団に直斗が大地を寝かせると、絵里はそっと布団をかける。


「いいんですか? 起こさなくて」

「あんなふうになったら、無理に起こしても、ここで船をこぐだけですから」


小さな食卓に向かい合って、絵里と直斗は食事を始めた。以前招待された食事より、

顔がしっかりと見えるだけに、互いの緊張が、ストレートに伝わる。


「この団地の奧って、結構広い場所があるんです。珍しい木や植物があるらしくて。
大地も近頃、友達とそこへ入っていって、鬼ごっこしたり、木に登ってみたり、
子供って本当に体力の限界まで遊んでくるんですよ。帰ってきてふと横を見ると、
あんなふうに寝ていることも多くて……」



『保存してもいいような珍しい木が、あれこれあるらしくて』



直斗は、先日、高次が払い下げリストに入っていたこの東町住宅について、

そう語っていたことを思い出した。花岡議員が逮捕され、あの計画が動き出したら、

大地がかけ回っている場所を、自分が奪うことになるのかもしれないのだ。


「直斗さんも、遊んだりしたんですか?」

「エ……」

「ハナさんは長くここに住んでいるって、前にそう聞いたことがあるので」


その絵里の言葉に、直斗の忘れていた記憶がよみがえる。幼い頃、確かに自分も、

あの裏の場所へ一人で入っていき、珍しいどんぐりや木の実を拾い集めたことがあった。


「そういえば、そんなこともあった気がします」


直斗が幼い頃のことを、あれこれ思いだしているように見え、絵里は黙ったまま箸を動かす。


「うん……。そうだ、すっかり眠っていたのを、今日は泊まれないって母に言われて、
無理やり起こされて、泣きながら帰ったこともあったな……」


何分か前に、寝かせてやった大地の顔が浮かび、直斗は何度も頷きながら、

記憶を頭の中で、並べ直す。


「そうなんですよ。あなたと大地を見ていると、自分の幼い頃のことをあれこれ思い出すんです。
母もこんなふうに接してくれていたなとか、俺は大地のように母親思いじゃなかったなとか……」

「いつ、亡くなったんですか? お母さん」


「大学の時です。もう、母親なんて年令でもないんですけど、いつもそばにいてくれるのが
当たり前だと思っていたので、ショックでした。最後色々とあって、あまり口も聞かないまま……」


自分の出生のことを語られた後、男を頼っていた母親に対して、持った嫌悪感。

それをぬぐいきれないまま、結局、旅立たせてしまったことを、今でも直斗は気にしていた。


「おかわりどうですか?」

「……あ、すみません」


初めて自分のことを口にした直斗だったが、そこから話は続かなかった。

絵里もあえて聞こうとはせずに、静かな食事は、ゆっくりと時を刻んだ。





「ごちそうさまでした」

「いえ、たいしたものじゃなくて」


直斗は玄関に向かい靴を履き、絵里から受け取ったコートに袖を通し始めた。


「あ、そうだ、ちょっと待ってください」


絵里はすぐに台所へ向かい、小さな袋を持って現れた。中には以前大地がくれた

『ミント味の飴』がたくさん入っている。


「あれから、この飴をよく買うんです。でも、大地も私もミントはダメで。
そしたら、大地が直斗さんが来たときに渡すからってこんなふうに。押しつけてごめんなさい。
よかったら、車ででも……」

「……ありがとう」



『これからもよろしくお願いします』



大地を抱きかかえながら、ハナと自分に頭を下げた絵里の姿が、直斗の脳裏によみがえった。

間に入るハナがいなくなってしまえば、もう、二人を助けてやることも出来なくなるのだろう。


もし、あの計画が進んでいけば、この二人はどこに行くことになるんだろうか。



『児島建設の力が必要なんだ……』

『そうよ。あなたの望みを叶えられるのは……私だもの……』



自分で選んだ生き方なのに、この人達に会うと、何かを間違えているような

気になってしまうことがある。絵里の顔を見ているのが辛くなり、直斗は視線をそらし、

扉に手をかけた。


「少し雨が降り出しているみたいです。車の運転、気をつけてください」


そんな小さな絵里の優しさに、直斗の気持ちは別の方向に引き寄せられていく。


「ありがとう……」


その言葉だけを残し、絵里を見ることなく、直斗は部屋をあとにした。


駐車場に停めてある車に乗り、直斗はもらった飴を横に置いた。視線を上へ向けていくと、

あかりのついたその部屋では、絵里らしき人影が、動いては消えた。





「よし、大地。これでお布団を叩いてくれる?」

「うん」


ハナが退院する前日、絵里は仕事を休みあれこれ準備を始めた。

もう時間はないことはわかっていたが、だからこそ、明るく迎えてあげたい。

そう思いながら、動き続ける。


「ママ、早くお家に戻ってリボンつくらないと!」

「わかってるけど……」

「僕、先に作ってるよ!」

「はいはい……」


布団を取り込み、掛け布団や枕もカバーを洗い、ハナの笑顔を思い浮かべながら

絵里はベッドを整える。


「よいしょ……」


布団がカバーの中にきちんと納まるように、一度大きく直した時、

カタン……と何かが落ちる音がした。反対側に回ってその音を確かめると、

そこには少し古くなった写真立てが落ちている。絵里はそれを手に取り、

ベッドの横にある小さな台の上に置いた。


今よりも若いハナともう一人の女性、そして幼い頃の直斗らしき男の子。

直斗も大地と同じように、父親のない暮らしをしてきたのだと、写真を見ながら、

あらためて思う絵里だった。





「おばあちゃん!」

「大地君、ただいま!」


次の日、ハナは直斗の車で家へ戻り、絵里と大地は玄関に笑顔で飛び出し、ハナを迎える。


「あらまぁ……」


玄関を開けてすぐに飛び込んできたのは、大地が手描きで作った、

『おばあちゃん、おかえり』の文字だった。その出迎えを嬉しそうに受け取ったハナは、

ゆっくりと寝室へ向かう。


折り紙で作られたリングの飾りが、部屋を明るく演出し、ハナは整えられた自分の部屋を、

一度ゆっくりと見た。


「ハナさん、なんだかごちゃごちゃしてごめんなさい。大地が、どうしても
おばあちゃんをこうして迎えたいってきかなくて……」


ハナは無言で、笑顔のまま首を振ると、そのリングの一つに、左手でゆっくりと触れる。


「絵里ちゃん、ありがとうね」

「……」

「おばあちゃん、すごいでしょ! 僕とママが作ったんだよ!」

「ありがとね、大地君」


ハナの顔を嬉しそうに大地はのぞき込み、学校での出来事をあれこれ語り始め、

そんな二人を、絵里は微笑ましく思う。


「思い出作りを……ありがとう」

「いいえ、こんなことしか出来なくて」

「いや……」



『あなたはもう……恋をしないんですか?』



あの時と同じ、優しい笑顔の絵里を見つめながら、直斗の心の中で、

少しずつ胸につかえていた答えが、動き始めた。





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コメント

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運命を変える人

サブタイトルが、考えてみたら誰に対してなのかというのを考えらさせられる場面ですね。
子供の無邪気さというのは、私は最近は怖いです。
だから、大地のような活発な子は苦手かもしれません。

どうも……

ヒカルさん、こんばんは!
ごめんなさい、ここのコメントのお返事を忘れてしまってました。


>サブタイトルが、考えてみたら誰に対してなのかというのを考えらさせられる場面ですね。

そうですね、運命を変えるのは自分であり、人であり……
このお話には、いろいろな伏線が貼ってあって、それがほぐされていく内容になっているんですよ。
まだ、半分ちょい手前くらいなので、じっくりとお付き合い下さい。

子供の無邪気さは、ときにかわいく、時には残酷でもあります……