7 守られている女 【7-5】

【7-5】

次の日、『森口支店』では『西地区支店長会議』が行われた。

合併をした後のことをあれこれ話し合い、さらに人員整理が進む。

後方担当だった鈴木さん、法人課の近藤君、

『東日本』から付き合いをしてきた人たちが、バラバラにされた。

謙の奥さんが家に戻ったのは、『支店長会議』から3日後のことだと、

私は高野さんと井上さんの話から、知ることになった。





慌しい日々が過ぎると、銀行は急におとなしくなるときがある。

仕事を終えて、コンビニで食べ物とお酒を買って、部屋へ戻った。

梶本君と食事をしにいってから10日が過ぎたけれど、会議室での資料作り以来、

話をする機会は減っていた。

私は、食器戸棚の扉を開き、ため息をつく。

そう、あの食事をして酔ってしまった日、

私は梶本君に箱根で買ったグラスをお土産だと言って渡した。

お店には3つしかないと言われ、2つは自分用、1つをお土産と思ったのに、

酔った勢いで、3つ全部彼に渡してしまった。


「何しているんだか、私」


昔の恋が戻ることもなく、新しい恋に踏み出すことも出来ず、

買ってきたお土産すら、自分の手元にはない。

つくづく、自分の生き方が嫌になる。

落ち込んでいるときには、さらに落ち込ませるメールが届くものだ。

携帯を開き、相手を確認すると、父からだった。



『歌穂、明日、仕事が終わったら大学へ顔を出しなさい。
来られないようなら、私がマンションへ行く』



「うそ……何これ」


父がメールを寄こすことなど、滅多にないことだった。

入院したときも見舞いに行かず、退院してからも家に顔を出していない。

それを怒っているのだろうか。

何年か前にも、父がここへ来たことがあった。

『一人暮らしなどせずに、家に戻って来い』と言われ、私はそれを突っぱねた。

私はこの場所が気に入っているのだと言ってみたが、

父には何も思い出すことはなかったようで、

川の近くは防犯上よくないのではないかとか、

私にとってどうでもいいことだけを口にして、出て行った。



あの女のところへ……



窓を開け、ベランダへ出る。

見えている星を数えてみたら、10もなかった。

東京の空がこれだけ明るくなかったら、もっと見えるのだろうが。


「米森さん……」


聴こえてきたのは、隣の梶本君の声だった。

私は座ったまま、『はい』と返事をする。


「灯りを感じたので、戻ってきたのかなと」

「何?」

「おすそ分けしてもいいですか」


梶本君は、実家から食材があれこれ届いたけれど、

自分には使いきれないのでもらって欲しいとベランダ越しに話してくれた。


「何が届いたの?」

「えっと、米とかキャベツとか、いもとか……とにかく色々です。
今運びますよ」


いただく方が待っているなんて、あまりにもずうずうしい。

私はすぐにそっちへ行くからと答えを返す。


「いいですよ、重いから」


結局、それから2、3分後に、インターフォンが鳴り、

ダンボールを持った梶本君が現れた。

大きなダンボールの中には、本当に米やキャベツ、

そして他にも色々な野菜が入っている。


「こんなに?」

「そう、こんなになんです。
田舎の人間なもので、なんでもたくさん送っておけばいいだろうと思うようで」


梶本君のお母さんだろうか、『農協』で配られているようなメモ帳に、

走り書きの手紙が添えてある。



『体には気をつけなさいよ』



長い文章があるわけではないけれど、じゃがいもの中に埋まっている雰囲気が、

なんだかとても温かく思えた。私は、そのメモが行方不明になると困るので、

先に救い上げる。


「はい、梶本君、大事なメッセージ」

「あ……はい。いつもこうなんですよ。封筒に入れるとかすればいいのに」

「いいじゃないの。息子に送ってきているのだもの。形なんて関係ない」


人の目や、世間体のことばかり気にして、

すでに形などない夫婦なのに、表舞台にだけは一緒に出て行くうちの親より、

よっぽど人間味にあふれている。


「梶本君の家って、農家なの?」

「まぁ、一応そうなんですが。農家って言っても、
それほど規模の大きなものではないですよ。
自分たちの分と、本当に少しだけ外に出しているだけで」


私のテーブルの上には、梶本君からわけてもらった食材が、色々と並べられた。

ご両親が丹精込めて作ったものだと思うと、

見知らぬ私が受け取っていいものかと思ってしまう。


「ねぇ、これ、本当にいただいていいのかな。私……」

「どうしてですか」

「だって、梶本君に食べさせたくて、お母さんが送ってくれたものでしょ?」


ご実家の方からすれば、知らない私が食べているということは、

いいことなのだろうかと、野菜達を目の前にし、そう思ってしまう。


「いいですよ。野菜を作るのがお袋の生き甲斐なんです。
お世話になっている人におすそ分けしろって、いつも言いますから」

「生き甲斐?」

「はい。なので遠慮なくもらってください」


梶本君は、そのまま食べられるものなら自分でもどうにか出来るが、

調理する物になると、知らないうちに腐ってしまうことも以前あったと、

笑いながら教えてくれる。


「腐らせてはダメよ。もったいない、それなら遠慮なく……」

「はい、ぜひもらってください。いくらなんでも、一人暮らしの息子が、
これを全て調理できるとは思っていませんから」


キャベツの葉、とても大きくてしっかりしている。

玉ねぎもあるし、これでひき肉さえあれば……


「ありがとう」

「はい……あ、そうだ、それと……」


梶本君は、まだ何かあるのか、一度部屋へ戻っていき、

そして、私が渡したお土産のグラスが入った袋を持ってきた。



【7-6】

それぞれの立場はあるけれど、全てを取り払えば、一人の男と女。
歌穂のまわりも、慌ただしく動いていく……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント