8 策略に乗る男 【8-4】

【8-4】

それからは二人で、仕事の話をし続けた。

成和銀行のやり方に正直戸惑っているところがあること、

東日本の仲間が次々にいなくなることがわかり、寂しく思うこと、

梶本君も、それなりの思いを口にしてくれて、

私はそういう考えもあるのかと、何度か頷いた。

気づくと時計は、次の日を示し、さらに進んでいた。


「電気、つけておきましょうか」

「ううん……私、明るいと眠れないから」

「あ、そうですか、それなら消します」

「はい、お願いします」


初めは、梶本君に背を向けて横になったけれど、逆に少しの音が気になってしまう。

私は、動きが見えた方がいいと思い、寝返りをうった。

自分で望んで暗くしてもらったものの、やはり見えないのは落ち着かない。

携帯を見ると、ライトを消してから、20分が過ぎていた。

もう、梶本君は寝てしまっただろうか。


「ねぇ……眠ってる?」


この問いかけに答えが戻らないのなら、私も目を閉じるつもりだった。

ほんの2、3秒後に、梶本君から『いいえ……』の返事が戻る。

話しかけた手前、何も語らないのはおかしいかもしれない。

私は、彼の背中に向かって、話すことにする。


「あのさ、聞いてもいい?」

「何ですか」

「梶本君は、自分の親を憎いと思ったことがある?」


酔っていたわけではなかった。別の話題にするべきだったかもしれない。

でも、梶本君の言葉を、聞いてみたくなった。

あのダンボール野菜を見たのだから、答えはわかっているのに。


「ありますよ」


帰ってきた答えは、予想とは違ったものだった。


「あるの?」

「ありますよ。前に話しませんでしたか?」

「話?」


梶本君は、祖父が経営していた工場を手放したのは、父親がギャンブルにはまり、

借金を作ったからだということ、

イライラし、お酒を飲むと母親と叩くことがあったことなど、

憎いと思った理由を語ってくれた。


「そうだったんだ」

「はい。父も一応職人として働いてはいましたが、仕事に熱心とは言えない人で……」


梶本君が『竹原川花火大会』を楽しみにしていた理由も、

そういえば、私と似たようなものだった。

無くしてしまった記憶を、呼び戻せる場所。


「祖父が工場の2階にゴザを敷いてくれて、下は人であふれているのに、
誰にも邪魔されず花火が見られる、そんな優越感が子供の頃の楽しみでした。
仕事が出来て、しっかりしていた祖父は、俺の誇りだった気がします。
迷惑をかけっぱなしだった父も、今では体を壊して酒を飲まなくなったので、
それなりに田舎で頑張っているようですけれど、失った物の大きさに、
心のどこかで、憎いと思っている部分があることは確かです」


大学生になったとき、梶本君は母親に父親と別れるように話をしたこと、

それでもお父さんを心配していたお母さんは、田舎に残り続けたこと、

私が思っていた以上に、自分の家族を語ってくれた。


「母の兄夫婦には子供がいなくて、田畑が出来なくなるからって、
工場を追われたうちの家族が、向こうに越したんです。
母にしてみたら、お兄さんから受け継いだ財産なので、
今度こそ頑張らないと思うようで……」

「そう……」

「あんな田舎野菜なんですけど、それでもまた送ってくると、
今年も作れたのか、まぁ、それなりにやっているんだって、思うようになりました。
俺にとって父親は、反面教師のようなものです」



『反面教師』



「母や親に苦労をさせた父を見て、
自分は、好きになった人を悲しませないようにしようと、
漠然とそう思ってはいるんですけどね……」


愛した人に、哀しい思いをさせられることは、どれほど辛いことなのか、

形は違うけれど、私にも経験がある。


「そう……」

「はい……」


梶本君の生きてきた時間、私にも父に甘えた頃があったように、

彼にもこの背中がまだ小さい時期があった。


「私の父は……」



『お父さん……見て!』

『ほら、歌穂。立ち上がってはダメだぞ、他の人が見えなくなる……』

『うん』



「父は大学の教授なの。『心理学』では、結構名の知れている人らしいけれど、
でも、父親としてはマイナス。長い間外に愛人を作っていて、
家になんてほとんど戻ってこないし、それでいて母と離婚することもなく、
外へ連れて行くことは連れて行く。私もね、母に言ったの、別れたらいいって。
でも……母は首を縦に振らなかった」


こんな話、誰にもしたことがなかった。

謙と付き合っている頃だって、家族のことなど語ったことはない。

梶本君が隣に住んでいて、生活の色々な部分が見えてくるからだろうか、

それとも、今、顔が見えないから楽なのか、自然と言葉が出てしまう。


「親は親です、俺はそう思うことにしています」


親は親。

確かに、自分の親ではあるけれど、それぞれの人生はそれぞれのものだ。

私が押し付けられたくないのと同じように、向こうもそう思っているのかもしれない。


「……そうだね、親は親だよね」

「と言いつつ、割り切れないから腹も立つんでしょうね」


『割り切れない』

確かに、全くの他人として過ごせたら、これだけ苛立つことも、ないのだろうか。



それから梶本君の声は届かなくなった。

私のまぶたも自然と閉じていき、気付いたときには、外は朝を迎えていた。



【8-5】

目を見て話をしてみても、心の中までは見抜けなくて。
歌穂は一人、戻らない日々を思いため息をつき……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント