8 策略に乗る男 【8-6】

【8-6】

大木さんが教えてくれたとおり、従業員出口の前に小林さんが立っていた。

私はとにかく帰ってもらおうと思い、扉を開ける。


「あ……歌穂さん」

「小林さん、どうされたんですか」

「いえ、先日は私が勝手な話しばかりを押しつけてしまって、申し訳なかったと」


誠実な人なのかも知れないが、あまりにも状況判断が悪すぎる。

こうした場所で待たれてしまうと、気になることがありすぎて、

こっちも気持ちばかりが焦ってしまう。


「申し訳ないことなど、何もありませんので。お話しも先日した通りです。
どうか気になさらずに、お帰り下さい」

「お仕事はまだ終わらないのですか?」


仕事が終わったら、またどこかで話そうと言うのだろうか。

あの退屈な時間をもう一度迎えるのは、耐えられそうもない。

何か理由をつけて、帰ってもらう方がいいのはわかっているけれど。


「申し訳ないのですが……」


とにかく、今日は無理だと言おうとした時、後ろの扉が開いた。

誰が出てくるのかと振り返ってみると、そこに謙が立っていた。


「米森さん、まだ勤務中だ、何かあったの」

「あ……その」


どう説明すればいいのかわからないでいると、謙は何かを悟ったのか、

目の前の小林さんに、今日はこれから一緒に向かう場所があるのだと言い始めた。


「まだ……仕事ですか」

「はい。窓口が終了して全てが終わるわけではないものですから。
申し訳ないですが、彼女がここに立っていると、仕事が先に進みません。
あらためてというわけには、いきませんか」


小林さんは、自分が仕事の邪魔をしているのかと慌て始め、

それではまたあらためて来ますと、頭を下げてくれた。

あらためて来てくれなくてもいいと思いながらも、

その場ではわかりましたと頷くしか出来なくなる。

時々振り返り、私に何度も頭を下げながら、真面目な内科医さんは曲がり角に消えた。

とりあえず一度息を吐く。


「歌穂の趣味が変わったことに驚いたね」


謙はそういうと、私の耳元に顔を近付けた。



『飲みに行こう……』



私は思いがけないところで謙に貸しを作ってしまい、ため息をついた。





貸しはさっさと返した方がいい。

私はその日、仕事を終えた謙と待ちあわせをし、以前訪れた店へ向かった。

あの状況を見られてしまったからには、

どうしてこうなったのかを、謙に語らなければならない。


「お父さんのお気に入り?」

「そう……父が個人的に知り合った人。
32になっても、嫁に行かない娘を心配して、わざわざ寄こしたの。
『共栄総合病院』の内科医だって」

「へぇ……」


謙はグラスに口をつけた後、何がおかしいのか笑い出した。

私は自分のグラスを見つめ、ただ黙ってやり過ごす。


「どうして笑うのか、聞かないのか」

「わかるもの。歌穂は何をしているんだろうって、そう思っているのでしょう」


自分に自信を持つ謙のことだ。

相手がどんな人なのか、自分が勝つのか負けるのか、判断しているはず。


「小林さんって名前が出た時、歌穂の顔が歪んだからね。
これは助け船を出した方がいいのかなと思ったし、それに……」


それに……


「歌穂を追いかけてくる男が、どういう男なのか、この目で見ておきたかった」


謙の反応は、私の予想そのものだった。

押したり引いたりしながら、人の心を読もうとする。

そして最後には、絶対に自分の方へ引き寄せる。


「有働副支店長が選ばれた方も、この目で見せていただきましたので、
おあいこですね」


私を切り捨て、選んだ女性。

謙は私の方をしっかり見た後、『別れ話を切り出した』ことを語り、

その反動で東京に来たのだと、話を続ける。


「始めは、また何か言っているくらいにしか、取っていなかったんだろうな。
電話をしても、あしらわれるだけだったけれど、僕なりの思いを見せたことで、
彼女も目をそらしてはいられないと感じたみたいだ」


『僕なりの思い』

それがどういう意味を持つのか、私にはわからない。


「もう1杯、飲まないか? 僕がおごる」


私は首を横に振り、その誘いをはねのける。

どうしても行きたい場所があるのだとウソをつき、

空になったグラスを置き去りにした。



【9-1】

目を見て話をしてみても、心の中までは見抜けなくて。
歌穂は一人、戻らない日々を思いため息をつき……
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