9 今に気づいた女 【9-2】

【9-2】

「夕食?」

「そう、ぜひ我が家にご招待しようかと」


バッグをひったくられた犯人も捕まり、カギは変えたとはいえ、

また平穏な日々が戻ってくる。近頃お世話になったお礼をまとめてさせてもらいたい。


「いただいたお野菜も使って料理をしたいから、どう?」

「……いいんですか」

「もちろん。お野菜をいただいてからひったくりにあったりしていて、
私、お礼もしてなかったなと思い出したの。
どうせおいしそうなお野菜をいただくのなら、梶本君に食べてもらってと思って」

「お礼だなんて、気にしなくていいんですよ。そんなつもりではないから。あ!」

「何?」

「でも、招待は受けますけど」


遠慮したつもりが、思わぬところまで引いてしまって、

慌てて引っ張ったようなセリフに、なんだかおかしくなる。


「ぜひ、お越しください。私が食事の準備をしたら、
梶本君を呼びに来るから。それまで待っていてくれる?」

「何か手伝いましょうか」

「いいの、いいの。狭いし……」


梶本君はわかりましたと明るい笑顔を見せ、それならばトラブルの起こらないように、

互いに仕事を頑張りましょうとそう言ってくれた。

確かに、銀行であれこれトラブルがあったら、予定が崩れてしまう。


「じゃ……」

「あ、米森さん、もう出ますか」

「うん……少し早いけど」

「あと5分、待ってください。俺も出ます」


一緒に行きましょうと言ったわけではなかったのに、

話の流れで、梶本君と一緒にご出勤することとなってしまった。

『5分』を廊下で待っている自分が、本当にしっかり支度出来ているのか急に気になり、

ポーチからコンパクトを取り出すと、顔を映してみる。

大丈夫、ルージュもきちんとひいている。


「うん……」


5分よりも少し早いくらいで、梶本君は外に出てきた。

スーツのボタンをとめながら、すみませんを連呼する。


「ねぇ、慌てているけれど、平気? 火の元は?」

「使ってませんから」

「じゃあ、テレビの電源とか……」

「大丈夫です」

「社員証は? 入れないわよ、玄関」

「あ……」


梶本君はバッグを開け、失敗したという顔を見せた。

私は、指摘してあげてよかったでしょという、得意げな顔を見せる。


「ありますよ、ちゃんと」


梶本君は、スーツのポケットから、社員証をしっかりと見せた。

そしてしてやったりという顔をする。

そう、彼は私をからかった。

全く朝からと思いつつ、嫌な気持ちにはならない。


「行きましょう」

「うん……」


爽やかな一日が、そこからスタートした。





仕事はトラブルもなく、順調だった。

昼食を取りながら、帰りに買っていく材料を思い浮かべていく。

そういえば、梶本君の嫌いなものはなんだろう。

あれこれ作る気にはなっていたけれど、好みまで聞いていなかった。

せっかく並べたら、『これは食べられません』だと、申し訳ないし。


「有働副支店長、それでは行ってきます」

「あぁ、頼むな」


梶本君は、午後から他支店へ向かうことになっていた。

おそらくこのまま直帰するのだろう。ふと顔を上げると一瞬だけ目があい、

軽く頭を下げられた。

何度か参加した飲み会でも、確か好き嫌いなく、何でも食べていた気がする。

まぁ、それほど妙な味付けにしなければ、問題ないだろう。

野菜は元々、お母さんが選んで送ってくれている。

梶本君が食べられないものなら、入れてくるようなことはしないはず。





給料日近くもないし、取引も多くはない。

シャッターが閉まり、数名残っていたお客様も、全て支店から出て行った。

一日のお金の動きを全員で追いかけ、その業務も終わりを迎える。


「お疲れ」

「お疲れ様です」


私もデスク周りを片付けると、壁にかかる時計を見て、席を立った。

急いで階段を上がり更衣室に入る。

服を素早く着替え、ロッカーを閉め、家についてからのことを逆算し始める。

今から戻って、買い物をして、作り始めれば、なんとか8時過ぎには……


「米森さん、今日は急いでいるんですね」

「あ、ちょっとね、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」


高野さんに挨拶をし、階段ですれ違う数名の行員に頭を下げる。

セキュリティーつきの社員証をかざし、扉を開け外に出た。


「あ……」


目の前に人が立っていた。

小林さんではなく……


「歌穂、乗りなさい」


父の目は穏やかだったが、ここへ来た理由はきっと、小林さんのことだろう。

自分で勝手にセッティングしておいて、こちらの態度が気に入らないなど、

言って欲しくはない。


「今日は忙しいから、また家に行きます」

「いいから乗りなさい」

「嫌です。こちらの予定も何も聞かずに、勝手に行動するのはやめてください」

「勝手な行動をしているのは、どちらだ」


事情など何も知らない行員たちが、扉を開けては思いがけない親子の修羅場に、

みんな驚きながら帰っていく。

ここは街の中で、確かに言いあいをするには、ふさわしくない場所だろう。


「とにかく乗りなさい。ここであれこれ話すのは周りにも迷惑だ」

「今日は帰ってください。私……」


運転席の扉が開き、見たこともない男性が正面に立った。

後部座席を開け、私を中へと誘導する。


「何するんですか、押さないで」

「話はすぐに終わる」


父に押されるようになりながら、結局私は後部座席に押し込まれ、

車はバタンと閉じられた。



【9-3】

ピンチのあとにチャンスあり。ようはそれをつかめるか!
32歳、歌穂の『恋する思い』は、何をつかむのか……
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