9 今に気づいた女 【9-3】

【9-3】

「ちょっと……」


反対側の扉を開けようとしたが、中からは開けられないようになっていて、

私の意志とは全く別の方向へ、動き出してしまう。


「お父さん、今日は予定があるの、話ならあらためてにして」

「予定はキャンセルしなさい。こちらの方が優先だ」

「何言っているの」

「携帯があるだろう、相手に連絡をすればいいことだ」




梶本君の番号。




そういえば、携帯番号など知らなかった。




隣に住んでいることで、ノックすれば会えるからだろうか、

職場が同じだけれど、基本の仕事内容が別なので、番号を教えてもらったことはない。

今から銀行に連絡して、井上さんにでも梶本君の番号を聞きだそうかとも思ったが、

それは逆に、彼に迷惑をかけるかもしれない。

次の日、なぜ聞いたのか、どういうことなのか、色々と問い詰められそう。


銀行がどんどん遠ざかり、私は身動きが取れないまま、

ただ、座っていることしか出来なかった。





連れてこられたのは、父が愛している女の店だった。

開店前なのだろう、まだ誰も客はいない。

奥の部屋に通され、意志とは全く関係のない形で父と向かい合う。


「小林君に、もう会わないと言ったそうだな、失礼だとは思わないのか」


失礼なことばかりする男に、失礼だと言われると、数倍も腹立たしかった。

今現在、この状態にあることも、私は相当失礼なことだと思っている。


「失礼なのはそちらの方です。小林さんが親しげに接してくれることをいいことに、
娘を押し付けようだなんて、私は、策略に乗るつもりはありません」

「策略?」

「そうでしょ。誰がこんなことをしてくれと頼んだの?
小林さんは悪い人ではないけれど、私が将来をともにしたいと思える人でもないの。
それを、彼があなたを尊敬しているという部分だけを利用して、
押し付けようとするなんて、最低です」


こうなったら言いたいことは言わせてもらう。

今までも、さんざんあなたのわがままに振り回されてきたのだ。


「何を言っているんだ、相手を自分で見つけることも出来ないだろうが」


見つけられないのではない。

『懸命に愛した人と、結ばれなかった』だけだ。

私は、あなたのように、自分勝手な愛の持論を展開したりはしない。


「『愛した人』もいます。でも、その人との結婚はかなわなかった。
私は私なりに自分のことを考えているの。
あなたのように、自分勝手に生きている人に、あれこれ言われたくない」


父をにらみつけた視線の先に、あの『坂口弥生』が姿を見せた。

会いたくもない女との望まない再会が、気持ちをさらに乱していく。


「お母さんを不幸にして平気でいられるあなたたちに、あれこれ言われたくないの。
小林さんには私がきちんとお断りします。私のことはほっといて」

「そう、ムキになられない方がいいですよ。ご心配されているのですから、
それに、今日この席をと望まれたのは、小林先生の方です」


小林さんが、私の職場まで押しかけてしまったことを申しわけないと思い、

なぜか父に間を取り持つように頼んだと言うのが、今日の真相だった。


「お父様の好意をありがたく受け取るくらいのお気持ち……」

「あなたには、何も言われたくありません。勝手に話しに入らないで」

「歌穂」


父の視線は、強く批判しているように思えてならなかった。

私は子供だったから、何をどう世話になったのかまで、

理解していないところもあるだろう。でも、『娘』としては、絶対に認められない。

それにしても、小林さんは30も半ばを過ぎていて、

それなりに地位もある人だろうに、なぜ、親を間に挟もうとするのだろう。

私が一番苦手とするタイプの人間だということが、あらためてわかってしまう。

自分のことくらい、自分で解決できないなんて。


「小林さんは、あと30分ほどでお着きになるようです」

「あぁ……」

「私は帰ります」


どうでもいい二人の前から立ち上がり、さっさとこの場所を出て行こう。

小林さんが来ると言われても、私には私の予定がある。


「歌穂、座りなさい」

「今日は予定があると言ったでしょ」

「小林君にきちんと断りを入れると、今自分が言ったのだろう。
それなのに先に帰るのは失礼ではないのか」


携帯を開き、時間を確認する。

何事もなければ、今頃部屋に到着して、夕食の支度を始められた。

梶本君はもう、部屋に戻っているのだろうか。


「小林君に、理解してもらえるような説明をしなさい。
この間は、突然機嫌を悪くされたようだと、彼の方が恐縮していた」


違う、そうではない。


「実家の病院を継ぐ、将来有望な男性だ。
お前のことを気にしてくれて優しい男だろう。何の問題がある」

「何度も言っています。小林さんに問題があるのではありません」

「それなら……」

「あなたに問題があるのです」


私があの部屋を契約し、勝手に一人暮らしをし始めた時も、

家を出て行ったことが気に入らないと、勝手に解約騒ぎを起こしたことがあった。

父は、こうだと決めたら絶対に譲らない。


「先に、ワインでも出してもらおうか」

「はい……ただいま」


連絡のつかない梶本君が気になりながらも、私はどうすることも出来ないまま、

小林さんの到着を待った。



【9-4】

ピンチのあとにチャンスあり。ようはそれをつかめるか!
32歳、歌穂の『恋する思い』は、何をつかむのか……
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