10 勘違いをする男 【10-6】

【10-6】

カレンダーは10月を目の前にし、異動や退行する人たちの送別会が開かれた。

その日の幹事は、井上さんと大木さんが引き受けることになり、

普段、なかなか揃わない面々が頑張って顔を揃え、

『東日本銀行』が本当に全て入れ替わってしまうのだという現実を、感じ取った。

山田支店長は、銀行を去るメンバーが、

それぞれの場所でまた輝くようにとエールを送り、

謙は副支店長として、さらなる『東日本成和銀行』の発展を約束する。

司会の井上さんは、『私がしっかりと頑張ります』と、

謙の方を見ながらマイクを使って発表し、その堂々とした宣言に、

会場は笑いの渦に包まれた。

最後は世話になった後輩たちが、それぞれ先輩に花を渡し、大きな拍手が沸き起こる。


「はい、2次会、行きますよ!」


若い行員たちは、またカラオケに向かうことになった。

梶本君は先輩方に捕まってしまい、とりあえず参加するようで、

私は幹事をする井上さんに、先に帰りますと伝えることにする。


「米森さんも行きましょうよ、たまには」

「あ……うん、でも」


声をかけられ、それを断っていると、横から高野さんが割り込んできた。


「ほらほら典子、邪魔しないの。米森さんはこれからデートです」

「エ! デート?」

「発表します! 米森さんは、社会的地位を持つ素敵な男性と、
実は、素敵なお付き合いしているのです!」

「エ! 本当ですか?」

「違う……高野さん、何を言っているの」


高野さんがすっかり酔っていて、私にお金持ちとのデート予定があると勝手に付け加え、

周りの行員たちが本当にそうなのかと詰め寄ってくる。


「さすが米森さん。いよいよ、お眼鏡に叶った包容力のある男をつかんだってことか」

「違います、違いますから」

「違わないでしょ、米森さん」

「もう、高野さん怒るわよ」

「あはは……あれれ」


なんとかウソの話題を沈め、笑いの輪からはずれた後、

私は逃げるように地下鉄のホームへと向かった。

携帯を開きメールの確認をしていると、隣に人影を感じ、顔を上げる。

そこに立っていたのは、謙だった。


「これからデートなのか?」


謙の問いかけに、私はしっかり首を振った。

謙はそうなのかと軽く頷いてみせる。


「それなら、飲みにいかないか……」


おかしいくらいだった。

謙が目の前に戻ってきてから、こんなことを何度も経験し、

その度に気持ちを乱したり、苛立った思いを隠すのに必死だったはずなのに、

今は、波風一つ立つ気がしない。


「ごめんなさい。帰ります」

「あっさりと断るんだな」

「うん……」

「何かあるのか」


今日、何かがあるわけではない。

でも、時間を共にするのなら、今そうしたいのはあなたではないから。


「裏切りたくない人が……いるから……」


たとえ何も起こらないとしても、

今、梶本君以外の男性と、時間を共にすることの意味があるようには思えなかった。

私の心の中には、彼がしっかりと座ってくれている。


「あの小林って男か」

「違います」


父親の押し付けた人ではない。

私が、私自身の気持ちで選んだ人。


「歌穂……」

「本当に、ウソでもなんでもなく、『愛している』人がいるから」


電車が近付き、ホームへ入ってくる。

私は謙から少しずつ離れ、開いたドアから中に入った。





テレビを見ながらゆっくり過ごしていると、携帯のメールが入った。

相手は梶本君で、すぐに確認する。



『もうすぐ部屋に戻ります』



どうしたんだろうかと思いながらも、私は『お疲れさま』と返信をする。

するとすぐにまた、メールが入った。



『聞きたいことがあります』



聞きたいことの予想もつかないまま、私は『部屋にいるから』と返信をし、

梶本君が尋ねてくるのを待った。数分後にインターフォンが鳴り、私はカギを開ける。


「どうしたの?」


梶本君は私を抱きしめ、さらに強く腕を回した。

痛いくらいの感覚に、私はどうしたのかと聞き返す。


「デートしていたわけじゃ、ないですよね」

「は?」

「社会的に立派な人って、この間の内科医じゃないですよね」


高野さんが変なことを言ったから、梶本君は勘違いをしている。

私が他の約束を持っていたのではないかと、子供みたいにやきもちをやいていた。


「してないって……するわけないでしょ」

「そうですよね」


当たり前のことを、当たり前に判断できなくなるのは、恋をしているから。

梶本君が単純にやきもちをやいてくれていることが、私は嬉しかった。


「そうよ……」

「そうですよね」

「デートするのは……梶本君とだけだもの」



『あなただけ』

私の心にいるのは、あなただけ……



私は気持ちに応えるつもりで、彼の腰に腕を回した。

少しお酒の入った息が、私に向かってくる。




「私も……あなたに惹かれているって、そう言ったでしょ? 信じてくれないの?」




正直で優しくて、明るく笑う6つも年下の彼。

私ではどこまで釣りあえるのかわからないけれど、愛さずにはいられなかった。

重なる唇に、さらなる思いを受け取っていく。


「米森さん……」

「何?」

「俺、ものすごく我慢しているんです」

「うん……」

「……まだ、かかりますか?」


見上げた顔が、切なそうで、私は首を振ると自ら梶本君を求めた。

重ねる唇に、さまよう指先。

玄関の壁に押し付けられると、バッグが下に落ちる音がした。


「……もう……止まりませんから……」


梶本君からあふれ出た言葉に、私は黙って頷き返す。



私の全てを奪って欲しい。

彼のキスに酔わされ、気持ちも何もかもを乱されていく。



そして、私たちは互いの熱を解き放つため、その先へと歩き始めた。



【11-1】

心の変化に気がつくと、見えている景色も変わってくるようで、
『思い』は人を、笑顔にも不安にもさせていく。『恋』する歌穂と、そして……
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