12 愛を見せる男 【12-5】

【12-5】

次の日の朝、私は起きるとすぐに携帯を確認する。

梶本君からはメールも来ていないし、電話もない。

久しぶりに実家に戻ったので、帰ることが嫌になったのだろうか。

『どうなっているのか』と聞くのもおかしい気がして、そのまま部屋を出た。





「おはようございます」


月曜日、一般のお客様も多く、取引に動くお金も多い。


「トラブルのないように、しっかり仕事をしてください」


山田支店長が留守のため、副支店長である謙から、

あれこれ伝達事項が行員に告げられる。


梶本君の席は、空いたまま。


実家で何か起こっているのか、具合でも悪くなったのか……


「シャッター開けます」


フロア担当の男性がシャッターを上げるボタンを押す。

梶本君のことも気になるけれど、ここからは他のことなど考えている余裕はない。


「いらっしゃいませ」


行員全てが前を向き、朝から慌ただしく入ってくるお客様に、深くお辞儀をした。





昼休み、携帯を開くと梶本君からのメールが届いていた。

今、東京へ向かう電車に乗っていること、実家でのトラブルの話し合いが長引き、

結局、今日1日有給を取ったこと。



『今日、戻ってきたら話します』



今日……

そうだった。今日は謙と待ち合わせをしている。

本来なら、昨日のうちに梶本君と会って、

今日謙と会うことも言っておきたかったけれど、ずれてしまっては仕方がない。



『今日は少し寄り道をして帰るので、戻ったらドアを叩くね。
私も話があるので』



梶本君への返信を打っていると、高野さんや井上さんが、昼食を買って戻ってきた。

メールの中身を見られるわけではないけれど、私は膝の上に乗せ、

少し急いで打ち込んだ。





湾岸線の見えるおしゃれな店。ここに来るのは3度目になる。

謙は午後になり、別支店へ出かけたので、その場所から来るはず。

時刻は夜の7時を回り、1、2名だった客の数も、増えていく。


「申し訳ない、遅くなった」


それから10分後、謙が姿を見せた。

昔からよく頼む『ソルティー・ドッグ』


「『寺道支店』の閉鎖が決まって、その割り振りの話が長引いた。
もう少し早く来られると思っていたのに」

「大丈夫よ、そんなに慌てなくても」

「あぁ……」


私から切り出す話ではなかったので、とりあえず謙が落ち着くのを待った。

グラスのお酒は、ほとんどないくらいだったが、別のものを飲むつもりもなく、

流れのまま座り続ける。


「理央は、あの頃から全てわかっていた。相手が君で、どういう状態にあるのかも」


『あの頃』とは、私たちがまだ『東日本銀行』で働いていた頃のことだろう。

愛することに臆病だった私が、どんどん謙に引き込まれていった。


「僕が優柔不断に、君と理央との付き合いを続けた結果、結局二人を傷つけた。
それでも、夫婦になったのだから、これからと思っていたのに、
あいつの不満はいつも消えなくて、何かがあればすぐに疑われて、
だんだん気持ちが離れていった」


東京まで来て、私の存在を確かめて帰った人。

そういうことが逆に、自分を苦しめてしまったのだろうか。


「『成和』と『東日本』が合併をすることになって、
常務からすぐに動いて欲しいと言われた。僕は『東京』を選んだ。
理央がどうするのか、それを試したのかもしれない。
彼女は東京には行かないと、そう言った」


奥さんにとっては、いいイメージなど何もないのだろう。

意地でも行きたくないと、そう思っていたのかもしれない。


「『東京』を選んだのは、これから先のことを考えたからだ。
僕の上で銀行を仕切っている人たちも、優秀な面々はみんな『東京』へ向かう。
支店はあちこちにあるけれど、その本流に入るには、関西ではダメだった。
そのことも何度も説明したのに、あいつは首を振るだけで、
だったらもう君とはやっていけないと話をして、こっちへ出てきた」


謙は、別れようというきっかけを作ったのは、そういうことであって、

私が悪いわけではないことを、話し続ける。


「でも……」


それまで淡々と語っていた謙の言葉が、そこで止まった。

私は空に近いグラスを両手で握り締める。


「でも、『森口支店』に決まって、歌穂に再会したとき、
君がまだ結婚していないことを知って、
それまでになかった思いが沸きあがったのは事実だ。支店の数はいくつもあるのに、
君が僕の前に、もう一度現れてくれた」


謙と別れてからの数年間、私は恋愛らしいことが何一つ出来なかった。

家族にも、愛した人にも裏切られたと言う思いが、心を閉ざしたから。


「神のくれたチャンスなのではないかと、本当にそう思った。
君の存在が、僕をさらに強気にさせてくれたことは事実だ」

「勝手なことを言わないで」

「あぁ……身勝手だとは思う。でも、それが正直な気持ちだ」


私がどんな思いで、謙への思いを切り捨てたのか、

いや、切り捨てられなくて、

お酒を飲み、わけのわからない行動にだって走ってしまった。

それを、自分が選んだ人とうまくいかなくなったからといって、

私が次だというような言い方は、ひどすぎる。



「梶本……なのか」



謙の口から、梶本君の名前が初めて出た。



【12-6】

実る『恋』もあれば、終わる『恋』もある。
歌穂は一歩ずつ前に進み、『時』を見つめ直すことに……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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嬉しいです

拍手コメントさん、こんばんは

>きっぱり切り捨てている様で、
 どこかくすぶってる様にみえる今後の展開が楽しみです。

はい。歌穂をめぐる梶本と謙です。
心の中は、すっきり雲一つなし! と言えれば、
もちろん一番いいのですが。

生きてきた記憶や記録は、そう簡単にバッサリとはいきませんよね。


>こんなドラマ、
 テレビでやっててもいいんじゃないかと秘かに思ってます。

メチャクチャ嬉しい!
それはあり得ませんけれど、でも、ドキドキ楽しんでください。
私も書きながら、楽しんでいます(笑)

コメント、とっても励みになります。
ありがとうございました。