12 愛を見せる男 【12-6】

【12-6】

奥さんがマンションまで来た時、遅れて梶本君が現れたことを報告したのだろう。


「歌穂が、梶本をマンションに呼んでいたと。
あの人はもう、あなたのことを選ばないのではないかと、そう言われたよ」


選ばないのは間違いないけれど、呼んだわけではない。


「梶本君は、偶然私の隣の部屋を借りていたの。覚えているでしょ、あの部屋の隣」


そう、私はあのマンションにずっと住んでいる。

窓からタクシーが着くのを、首を長くして待っていたときもあった。



この有働謙が降りてくることを願って……



「あの目の前の川、竹原川って言うの。小さな花火大会があって、
彼もそれをマンションから見ようと思って借りたって。
合併の2ヶ月前から住んでいたのに、全然知らなかった」

「2ヶ月前? 梶本はその頃……」

「そう、朝早く起きて通勤していたんだって。でも、あの場所が借りたかった。
その理由が、私と一緒」


私が『森口支店』にいて、謙と再会したのが『神のくれたチャンス』なら……


「そうか、そういう理由か。それなら……」

「ううん……。同じ理由で部屋を借りた私たちが、同じ支店に勤めたのはきっと、
『神様のくれた出会い』だと……そう思っているの」

「歌穂……」



梶本君は、私にとって何よりも大切な存在。



「あなたがこの合併で目の前に現れたとき、悔しさと腹立たしさと……
本当に色々な感情が交じり合っていたけれど、それを消してくれたのが梶本君だった。
まっすぐで、優しくて、正直で……」

「梶本は26だぞ、歌穂より6つも年下だ」

「わかってる。だから最初はためらった。でも彼を知れば知るほど、
年齢でこだわるのはおかしいと、そう思えるようになった。彼は……」


私が梶本君に惹かれた最大の理由。



「彼は、私にウソをつかないから」



『愛している』という言葉を、何度も並べていた謙は、結局ウソをついていた。

あの思いを繰り返すのは、もう嫌だ。


「あなたが奥さんと別れることになるのは、それは自由だけれど、
私には関係のないことなの。もう、過去をひきずったようなことを言わないで」

「過去ではない。僕の気持ちは今、ここにある」

「やめて……」


もう心は揺れたりしない。

まっすぐに彼を信じて生きていく。

私はバッグを手に取り、椅子から立ち上がる。


「こういうふうに会うのは、これで最後にしてください。
私はそういうために、今日はここへ来たの。これからも副支店長と部下として、
しっかりと仕事はさせてもらいます……」


上着を持っていた私の左手が、謙の手につかまれた。

その力強さの中に、怒りが混じっているような気がしてしまう。


「まだ話がある」

「私にはありません」


私たちは終わってしまった関係なのだ。

また、何ごともなかったように始めることなど、ありえない。


「わかった。僕から誘うようなことはしない。しばらく君を見ていることにする。
でも……」


謙の手に、浮き上がる血管。

男の力強さが見える。




「君はまた……僕を選ぶ」




謙が、挑戦しているような目を私に向けた。

絶対にあなたのことを愛さないと、私は首を振る。

つかまれた腕を振りほどき、きらめく夜景に背を向けたまま、

私は駅に向かって歩き続けた。





『君はまた……僕を選ぶ』




駅から降りても、謙のこの言葉が頭から離れなかった。

そんなことはありえない。そう思うのに、呪文のように繰り返される。

マンションが近付くと、302に灯りが見え、私は携帯電話を取り出した。

梶本君の声が、聞きたい。


「もしもし……今、帰っている途中なの。部屋にいる?」

『はい……』

「すぐに行く」


すぐに会いたい。声を聞いて、この思いを抱きしめて欲しい。

私は玄関から中に入り、エレベーターを目指す。

ほんの数秒くらいしかかからないのに、長い時間に感じられた。

そして扉が開き……


「……おかえり」


梶本君は私を、力一杯抱きしめてくれた。

震えることも、思い出すことももう必要ないのだと……


「ただいま」


私は彼の首に腕を回し、会えなくて寂しかったのだという思いを込めて、

精一杯の口づけをした。



【13-1】

実る『恋』もあれば、終わる『恋』もある。
歌穂は一歩ずつ前に進み、『時』を見つめ直すことに……
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