13 騙される女 【13-6】

【13-6】

梶本君は日曜日に帰ってくるとメールに書いてあったが、

私はまだ実家に戻っているため、会うことは出来なかった。

そして週明けの月曜日、朝早く母を検査のために病院へ連れて行く。

久しぶりの運転でどうなのかと思ったが、何度か乗っているうちに慣れていた。


「車は便利ね、買おうかな」

「歌穂のマンション、置くところあるの?」

「マンションにはないけれど、近くには駐車場を借りられると思う」


信号機が黄色に変わったので、速度を落とし、車を止める。

横断歩道を小学生が手をあげて渡りだした。


「歌穂」

「何?」

「家に戻ってくればいいのに……」


怪我をして、人がいる生活に馴染んでしまったのか、母は寂しそうにそう言った。

私は運転席で首を振る。


「たまに戻るからこうしていられるのよ。家からだと駅も少し遠いし、
通勤時間もかかるから面倒だもの」


面倒だと思っているのは、それだけではないけれど、

後部座席で小さくなっている母に、それ以上のことは言えなかった。

母は悪くない。

いや、悪いのかもしれないけれど、気持ちは少しだけ理解できる。



悪いのは、全てあの人だから。





午後、支店に到着し、すぐに更衣室で着替えていく。

階段を上がる前に見た梶本君の席は、空いていた。

この週末、自分なりにあれこれ考えてみたけれど、

やはりウジウジと悩むのは、私の性分に合わない。

仕事を始める前に携帯を取り出すと、梶本君にメールを打った。



『今日、仕事が終わってから、話があるのだけれど』



カードを返して、そして、なぜあの日のことを正直に話してくれなかったのか、

それを聞くべきだとそう思った。

私は彼を信じている。だからこそ、あいまいにはしておけない。

メールを打ち終えて席へ向かうと、梶本君がお客様を送り出すところだった。

顔を上げると、私と視線がぶつかっていく。

私は、出来るだけ普段どおりの表情で、少しだけ頭を下げた。




3時、銀行のシャッターが下り、その日の営業が終了する。

私は、業務連絡やお客様が記入した用紙などの整理を終え、更衣室に戻った。

梶本君からの返信を確認をする。



『大丈夫です、どこで会いましょうか』



当然だけれど、この梶本君のメールからは、何も感じられない。

実家に戻っている私と待ち合わせ、普通に食事をするつもりだろう。

私は、以前プラネタリウムの帰りに食事をした店のことを思い出し、

そこにしないかと提案した。

片づけをするために休憩室に向かうと、

高野さんと井上さんが同じように仕事を終え戻ってきていて、

喉が渇いたと言いながら、コーヒーを飲んでいる。

明日には新しい雑誌が入るため、高野さんは古い雑誌を束ねだした。


「ねぇ、典子。やっぱりかわいいよね、この子。
これくらいかわいかったら、なんだって合うって」

「あぁ、そうそう鴫原有紀ね、うん……」


コートを身につけ、得意げなポーズを決めているのは、

『うるつやリップ』のモデルさんだった。


「そうよ、鴫原有紀かわいかったもん、タクシーに乗っているのを見かけたけど、
プライベートだったからでしょ、メイクもほとんどしていなかったの。
でもかわいかった……」


井上さんは、以前、梶本君とタクシーに乗っていた彼女のことを話しだす。

そう、あの黒い車から降り、嬉しそうに梶本君を迎えたのは、この人。


「米森さん、まだ読みたかったですか?」

「エ……ううん」


私の視線が、自然に鴫原有紀を捕らえていたのだろう。

私は、慌てて視線をそらし、こんなかわいいモデルさんがいるのねと、

その場をごまかしてみせる。


「そうです、ほら、前に言いましたよね。
梶本君と一緒にタクシーに乗っていた『うるつやリップ』の子、それがこの人です。
私たちより2つ下の22だって、この間書いてあった」

「へぇ……22かぁ……」



22歳。

何もかもが思い通りになる、輝かしいときだろう。





いや、これから輝く女性と自分を比べても、仕方がない。

私は、私なりの人生を生きてきた。



そこからは誌面を見ることなく、休憩室の片づけを済ませ、

仕事から心を解放するため、制服を脱いだ。





この階段を登ると、以前入ったプラネタリウムがある。

私は梶本君よりも先に到着したようで、店の斜め前に立ち、店員の動きを追いかける。


「米森さん」


5分もしないうちに梶本君が到着し、私は精一杯の笑顔で、お疲れ様と言った。

彼も嬉しそうに笑っている。


「入りましょう」

「うん……」


前に食べたものが美味しかったからと、二人であれこれ注文し、

互いに分け合って食べていく。楽しい時間はどんどんと針を進め、

あれだけ並んでいたお皿は無くなり、コーヒーカップだけが2つ残った。

今日の本題はここからだと、私はバッグからカードを出す。


「はい、これ」

「すみません、あの時電話が鳴ってしまって」


あの電話が、合図だったのだろうか。

タイミングよく走ってきた車に、あなたは躊躇無く乗り込んでいった。


「ねぇ、梶本君」

「はい」

「私ね、カードがポケットに入っていることに、実はすぐ気付いたの。
それであなたを追ったけれど……」


梶本君の表情が、一瞬で曇った。

私が何を言おうとしているのか、すでに気付いているのかもしれない。


「梶本君が、駅を出て行ってしまって……それで……」


こうすることは、私が決めたこと。

彼が真剣に交際をしていないのなら、ここからなんとしてでも引かなければいけない。

もう、騙されるのは嫌。


「車に乗っていったのを、私見てしまったの」


そう、見てしまった。

あなたが私に『ウソ』をついたのだと、知ってしまった。


「はい……」


お願い。私が納得する理由を、必ず出して欲しい。


「どうして、ウソをついたの?」



それでなければ、私はきっと……

二度と、人を好きになることが出来なくなる。



梶本君の顔を見つめながら、私はただそう考えた。



【14-1】

幸せの中にいるからこそ、一歩をしっかりと踏みしめたい。
穏やかな日々の中に、小さな、小さな疑問符が一つ……
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