15 迷い続ける女 【15-4】

【15-4】

新年が明け、『東日本成和銀行 森口支店』も、またいつもの日々を取り戻した。

山田支店長の異動が決まり、謙はまだ副支店長という肩書きではあるものの、

ほとんど支店長の顔つきになっている。

昼食を取ろうと更衣室に向かうと、研修から戻った井上さんが、

高野さんをつかまえて、さっそく話しの花を咲かせていた。


「エ……ウソ」

「本当、本当。梶本君、銀行やめるんだって。
とりあえずあずさには報告しようと思って」

「どうして私?」

「だって、お気に入りだったでしょ」

「過去のことでしょうが、もう!」


2月で退社を希望している圭の話が、新年早々話題に上がる。

本来なら3月末まで勤務するのが、一番引継ぎしやすいのだけど、

『Rioni』のモデル話があっただけに、彼は2月を選択しなければならなかった。



その『Rioni』の仕事も、流れてしまうのだろうけれど。



「は?」

「これはここだけの話って言うところだけれど、結構噂になっているって」


圭の話題はそこで終わらなかった。

井上さんは、圭が銀行を辞める理由を知ったといい、実家に借金があること、

お父さんが町の金融会社と関わりを持ち、本店がこの人員整理の中、

彼に退社を迫ったとそう話す。


「だったら、それって退社とは言わないわよね。辞めさせられるってことでしょ」

「声が大きいのよ、あずさは」


井上さんと高野さんが、私の方を見たので、思わず顔を上げてしまった。

井上さんは、新年の本店挨拶で、耳に入れた情報だと言い、

私まで巻き込もうとするつもりなのか、カップを手に持ち、斜め前に座ってしまう。


「ウソじゃないんです。梶本君、リストに入ってしまって、クビになるって」


圭の退社事情は、明らかにならないようにすると、謙はそう言っていた。

それなのに、事実以上の噂話になり、これでは圭のイメージが悪くなる。


「モデルに戻るって、その話も……」

「エ……モデルに戻るの? ねぇ、それって」

「だってそうでしょう。借金を返すんだよ。普通のサラリーマンじゃ無理だって」


井上さんは、どこまでを聞き、どこから作り話をしているのだろう。

高野さんは、モデルになるのならどんな仕事をするつもりなのかと、

また別のことに興味を持ち始める。


「なんでも仕事をするんでしょ。スーパーのちらしとか、デッサンのモデルもあるって、
以前、何かで読んだことがあるけど」

「デッサン? デッサンってよくある、あの裸?」

「やだ、あずさ、大きいのよ、声が」


圭はそんなことをするために、銀行を辞めようとしたわけではない。

出来るだけ冷静に食事をしようとしていたが、とても耐えられる状態ではなかった。

守れと言われたわけではないけれど、でも、このまま流しているわけにはいかない。


「いい加減にしなさい」


私の強いセリフに、井上さんも高野さんも、驚いた顔をする。

私は箸を下に置き、噂話を膨らませるようなことは控えるべきではないかと、

そう意見をした。


「梶本君がどういう理由で銀行を辞めるのか、それは私たちが探ることではないし、
興味本位にあれこれ言うことで、事実ではないことも広がる可能性があるでしょ。
こうして縁があって、一緒に仕事をした仲間なのだから、
応援だけすればいいとは思わない?」


高野さんと井上さんが顔を見合わせたとき、さらに休憩を取るため、

行員たちが姿を見せる。

私は残ったおかずを、急いで食べると、そのまま席を立った。





新年が明けてから、最初の月曜日、さすがにお客様の数が多い。

ファイルを手に取り、データを間違わないように入力する。

上の資料と照らし合わせた方がいいと思い席を立ち、そのまま進む。



『辞めさせられる』



圭の父親が、銀行の嫌うタイプだったことは確かで、

辞めるというよりも、辞めさせられる状況なのは、事実かもしれない。

でも、彼自身が悪いのではない。

しかも、圭のモデルとしての実力を評価し、

普通ならば手の届かない新しい舞台を用意してくれた人もいる。

輝ける人だと見抜き、圭自身が気付いていない能力を、

開花させようとしている人たちがいることの方が、事実なのに……



私が、いるから……

私が、彼を失うことを怖がっているから……



「あ……」


圭のことを考えながら歩き、扉を開けようとした私の手は、謙に思いきりつかまれた。



【15-5】

感情を出せる人と、出せない人がいる。
思いの深さは、言葉だけで知ることは出来ず……
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