15 迷い続ける女 【15-5】

【15-5】

「どこへ行く」


謙に小さな声でそう言われ、私は、その時初めて自分の状態に気がついた。

『持ち出し厳禁』のファイルを、上司のセキュリティー解除なしに、

持って出ようとしていた。


「米森さん、まだ、解除出来ていなかったんだ、すぐにするから」


謙は私を庇うように立ち、そのまま席へと誘導する。

ファイルを慌ててデスクに置くと、謙はセキュリティーカードを持ち、

バーコードにかざした。


「これでOKだ。仕事を再開して」

「……はい」


何をしているのだろう、しっかりしないと。

もし、あの場所で謙が私のおかしさに気付かず、扉を開けて出てしまったら、

ブザーが鳴り響き、お客様が動揺することになるところだった。

これを持ち出す意味など何もなくて、

資料室から古い資料を持ってくればそれでよかったのに。

それでも、謙の芝居に付き合うことが礼儀で、私は資料を持ち、一度1階から離れた。





「ごめんなさい」

「驚いたよ、歌穂がファイルを持って、扉の方に向かうから」

「うん……」


営業時間が終了し、全ての資料を照らし合わせた後、私は小会議室に呼び出された。

謙の機転で、大騒ぎを解除できた。

ここは素直に謝り、自分の非を認めないと。


「ダメね、まだ、正月ボケなのかもしれない。
明日からはこんなミスがないようにしっかりやりますので」


精一杯笑って見せるが、謙はそれは違うだろと首を振る。

笑ってごまかそうとした私の顔も、曇ってしまった。


「梶本のことか……」


謙は圭の事情を、私以上に以前から知っていた。

立場上、それはそれで仕方がないことなのかもしれないが、

見透かされたように指摘されると、悔しさの方が前に出てしまう。


「あなたには関係のないことでしょ」

「どういう意味だ」

「一人の部下が、色々なことに悩み、苦しんで、人生の選択をしているのに……
謙、私に言ったわよね。家族の事情は表に出さないって。とんでもないわ、
休憩室で、高野さんや井上さんが、ないようなことばかり並べて、悪く言っていた」


止めようと思うのに、言葉が止まらなかった。

誰にも言えないことを言えるのは、目の前にいる謙だけしかいない。


「歌穂、少し冷静になれ。梶本のことは、時期が悪かった。
『東日本』と『成和』が合併して、『成和』側が一気に人員整理をし、
勢力をそぎ取ってきたけれど、『東日本』側も、ただ黙ってはいない。
うちはこれから『寺道支店』も吸収していくことになる。梶本の家族の問題は、
『東日本』勢力側にしてみたら、格好の話題なんだ」


勢力争いの中に巻き込まれ、圭ははじき出されることになってしまった。

『成和』側も、追求されるような行員を、残す意味はないと考えたのだろう。

『東日本』も『成和』もなく、今は『東日本成和』となったのに、

名前とはうらはらで、中はゴチャゴチャになっているだけにしか思えない。

足の引っ張り合いなど、企業にとってプラスになることなどありえないのに。


「取り乱して、上から目をつけられるようなことはするな。
歌穂、君だって絶対に大丈夫だとは言えない」


謙は、私の身を守っているのだと、そういう言い方をした。

確かに、彼にはここで働く行員と、その家族の生活を守っているのかもしれない。

でも、一番守っているのは……


「謙は立派ね。『東日本』にいた過去があるのに、『成和』で出世して……」

「歌穂……」

「あなたは結局、自分のことが大事なのよ。自分を守ることが先決で、
それにあわせた形でしかまわりを見ない。あの時もそうだった。私が本当は苦しくて、
辛くてたまらなかったのに、新しい道を歩むと宣言だけして、置いていった」


口には出さなかったけれど、私を選んでくれるとそう思っていた。

いつでも顔を見られて、笑い会える自分の存在が、大切だと感じてくれていると、

そう疑わなかった。


「私は未熟者だから、悩んで苦しいと、こうして気持ちも乱れるの。
あなたのように……」


あの日、私を置いていったあなたのように……


「冷静ではいられない」


私は、言いたいことだけを謙にぶつけて、小会議室を出た。

今日のことは確かに私が悪いけれど、でも、圭のことは仕方がないと、

簡単に削除した謙の冷淡さには、別の怒りを覚えてしまう。

更衣室に戻り、バッグをつかむと、一秒でも早くこの場所を出ようと、

必死に走った。





駅前にあるいつものスーパーで、グルグル何度も店内を歩く。

気付くと、30分以上が経っていた。

棚の商品を入れている店員と、ふと目が合った。

この人の行動は怪しいと、そう思っているのだろうか。

自分の部屋へ帰ることが、重たく感じてしまうのはここのところ毎日だ。

カレンダーを見て、2月が近付くたび、これでいいのかどうかが、

不安になってくる。

圭が『Rioni』の専属モデルをすれば、自然と周りが道を開いていくだろう。

でも、私はあの人を、失ってしまう。


「1,654円です」


財布からお金を取り出し、買ったものをビニール袋に入れた。

マンションへの道を歩き、並んでいる部屋の明かりを確認する。

圭の部屋はまだ、暗いままだった。



【15-6】

感情を出せる人と、出せない人がいる。
思いの深さは、言葉だけで知ることは出来ず……
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