16 追い込まれる男 【16-1】

16 追い込まれる男


【16-1】

週末は、久しぶりに圭と過ごすことが出来た。

実家の問題が浮上してから、ずっと事務所とのやり取りや、実家の手続きに追われ、

時間が無かったからだ。

話題になった映画を見て、一緒に食事をし、そして手をつなぎながら街を歩く。

素敵な洋服があったと立ち止まり、ショーウインドーへ目を向けた。

マネキンの後ろには、今流行のスタイルで決めた、

モデルのポスターが貼り出されている。



目の前のブランドは『Rioni』ではないが、それなりに有名なものだ。

こうした世界を夢見る人にしてみたら、この仕事をしている彼らに対し、

憧れの思いを抱くのだろう。

何かをする時、さらに上をと思うのは当たり前のこと。

圭を評価する人や、事務所の人たちは、今何を思っているのだろうか。

私の、別れを選択しなかったという事実は、

『恋』に溺れた女の、わがままくらいにしか思っていないかもしれない。



リミットと言われた2月10日まで、あと2週間。



「歌穂……」

「何?」

「何をそんなに真剣に見ているのかなって」

「あ……ごめん」


圭は、本当に割り切ったのだろうか。

あれから、あえて話題から外しているような気がしてならない。

私との条件がなければ、受けた仕事なはずで、

銀行をやめ、結局守るものも守りきれない状態に、本当に満足しているだろうか。

私は横を歩く圭の腕をつかみ、これでいいのかと何度も自分に問いかけた。





週が明け、仕事自体はそれほど忙しい日ではなかったはずのに、

午後から急に本店が来る事が発表され、にわかに慌しくなった。

近頃、合併を終えた店舗の視察が始まったという話題は出ていたが、

予定を発表することがないため、行員たちは急なことに右往左往する。

特に、融資部門で未処理の件を持っているところの慌しさは、半端ではなかった。


「これで全てですか」

「はい」

「問題になりそうなところは?」


顧客との仕事は高野さんや井上さんに割り振られ、

この支店の動きをある程度把握している私は、

2階の法人課へ手伝いとして向かうことになった。

実は、先日、遅くまで残業していた熊沢課長は、すでにこの噂を知り、

先に動いていたのだと言うことが、今始めてわかる。

その指示を出したのも、もちろん謙だった。


「一番問題なのは、この『大沼自動車整備』だと思います」

「うん……」

「返済が遅れていますし、これ以上の担保を取る余裕がありません」

「経営者の個人資産は?」

「はい……リストは全てあげてあります。貴金属、それから掛け軸などが少し……」

「そうか」


どういうことが指摘されるのか、中身まではあれこれ私が入り込む余地はない。

熊沢課長の問いかけに、謙はどう答えて行くのかと言うことを考え、

部下たちに資料作りをさせた。



時計はあと少しで午後1時になる。

本店のメンバーが顔をそろえたと連絡があったのは、それから20分後のことだった。



表部分しか関わっていないが、あれだけ資料を揃えておけば、

まず大きな問題にはならないだろう。

本店相手は上司たちに任せ、私はいつもより遅めの休憩に入る。

顧客の取引が滑り込む14時過ぎからは1階が慌しく、休憩室ではずっと一人だった。

すると扉が開き、統合管理部の粕谷部長が姿を見せる。


「おぉ、米森さんじゃないか」

「あ……お久しぶりです」


粕谷部長が視察メンバーだったことを、私は今、初めて知った。

『総合管理部』は、『東日本』と『成和』が合併することになり、

互いに人材を出し合って出来上がった。

これから数年間支店が一つになりきるまで、

色々な出来事を、右や左に引っ張ることになるのだろう。

しかし、『森口支店』へ来るのが粕谷さんだと言うことが、

全て、計算ずくである気がして落ち着かなくなる。



『東日本銀行 神波支店』



私にとって2つ目の支店で、彼は支店長だった。

以前、研修に出かけた井上さんが、謙と奥さんの不仲の話題を聞いてきたのも、

この粕谷部長からだったとそう言っていた。

昔から、部下をネチネチといびるタイプの人だったことを思うと、

支店のアラを探して歩く配置は、本人の妙なやる気を呼び起こすだろう。


「久しぶりだねぇ」

「はい」

「『森口支店』はどう? 合併してからの居心地は……」

「合併時は慌しかったですが、今は……」

「そう、居心地いいよね、そうだよね、有働が来ているからさ」


奥歯に何かが挟まったような、それでいて相手に判断を放り投げるような、

身勝手な言い方は全く変わらない。今まで色々な上司がいたが、

間違いなく一番嫌な男だった。


「有働……君に対して、昔のように優しく接してくれているの? ん?」


粕谷部長はそう言葉を出すと、一度ニヤリと口元を動かした。

私が謙と関係を続けていた頃のことを、知っているのだろうか。

妙な言い方と、薄ら笑いの顔に、怖ささえ覚えてしまう。



「……あいつを、落とそうとは思わないか? 米森さん」



驚くようなセリフが粕谷部長から出てきて、私の鼓動は一気に速まった。



【16-2】

『愛し方』は、人それぞれ。
迷い込んだ迷路の先にある道は、どこにつながるのか……
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