【S&B】 23 チーズの目覚め

      23 チーズの目覚め



僕は三田村の部屋へ上がり、畳の和室でテーブルを前に座った。彼女は小さな台所に立ち、

コーヒーの準備を始める。


「三田村、何もしなくていいから。すぐに帰るよ」

「すぐですから……大丈夫です」


三田村はその時、手に持った二つの湯飲みを流しに入れた。彼女を突き飛ばし、

ここを出て行った男がいた時間を感じ、僕は視線を外す。見られたくないところを見られただろうに、

三田村は何も意識していないように振る舞った。この部屋の隅には小さな机があり、

その上にノートパソコンと、籐のカゴに入っている化粧品が見える。

あの機械でコメントを打ち込むのかと思うと、こちらの正体がバレてもいないのに、緊張した。


「急に辞めてしまって、ご迷惑をおかけしました。あ、そうじゃないか。
私なんか辞めても迷惑にならないですよね……」


三田村は2つのカップをお盆に乗せ、照れた笑顔のまま、僕と自分の前に置く。

出されたコーヒーに口をつけると、以前と同じようにミルクと砂糖が入っていた。


「いや、その理由は大橋から聞いた。君も大変だったんだな」


三田村は首を振り笑顔を見せただけで、それ以上、何も語ろうとしなかった。こんな時でも、

あれこれ愚痴を言わない彼女は、本当は強い人なのだろうが、男としてはどこか寂しい気もする。


その後の言葉が続かず、僕は慌てて携帯を取り出した。ここへ来た用件を言わなければ、

まるで家探しをしたストーカーだ。


「実はさ、母が店を手伝ってくれる人を探しているんだ。まだ再就職先が決まっていないのなら、
どうだろうかと思って。何度も三田村の携帯に連絡を入れたけど、留守電にしかならなかった。
前にこの辺におろしただろ。もしかしたら歩いていて会うんじゃないかと……」


三田村は驚き顔になり、部屋の隅にあったバッグの中から、携帯を取り笑い出す。


「すみません、そうだ……そうなんです。今日は絶対にここへ来ないと渡さないって……私、
コウちゃんに言ったからマナーモードにしたままでした。やだ、メール10件以上になってる」


コウちゃん……


本来の目的から外れるが、今、僕が一番気になっている男の名前が出た。ずっと胸につかえていた

微妙な感覚を、どうにかするためすぐに問い返す。


「彼は、会社の前で三田村を待ってた人だよね」


どんなご関係ですか? と聞くのはおかしく、三田村の方から正体を明らかにしてもらおうと、

そう思った。語りたくなければ適当に誤魔化すはずだ。


「いとこなんです。でも、小学生の頃から一緒に住んでいたので、兄のようなものですけど。
ちょっと色々あって、相談に乗ったり、絶縁状態になっている叔母に連絡を取ったりしていて……」


色々あったところはとりあえずどうでもよかった。『いとこ』という立場が明らかになり、

僕はほっとする。


「昔から私が女なのに、ケンカするといつもあんなふうになってしまって。
いまだにそんな気分なんだと……。すみません、驚かれましたよね」


自分を突き飛ばしたあの男のことを、三田村はそう言ってかばって見せた。

以前から何度か見かけた青あざも、彼とのいざこざで出来たものなのだろうか。

少し前に突き飛ばされて擦れた右手を、三田村は恥ずかしそうにさする。

兄妹ケンカだと片付けるには、きつい状況だったが、あえて追求せずに僕は受け入れた。

彼女はバッグの中から1冊の雑誌を取り出し、テーブルの上に置くと、あるページを開く。


「主任、もう少しだけお時間いいですか?」

「エ……」

「すぐに切りますから!」


そう言うと三田村は台所に戻り、小さな箱から取り出したバウムクーヘンを切り出した。


「このバウムクーヘン、しっとりしていて美味しいんですよ。そのページを見てください」


あの男の話題から離れたいのか、三田村は急にパタパタと動き始めた。指示通り誌面を見ると、

今日まで銀座のデパートで、日本初上陸のバウムクーヘンが、先行限定販売されたことを知らせる

記事がある。三田村は楽しそうにお皿に乗せ、僕の前に置いた。


「主任って本当は、甘い物食べられるんですよね」


三田村はそう言いながら、一緒に持ってきたフォークを僕に差し出した。僕はそれを受け取り、

右手に持つ。


「季節のケーキを買った日、絶対にこの人はケーキが好きな人だってそう思ったんです」

「どうして?」


三田村はコーヒーに口をつけ、僕の方を向き微笑んだ。


「だって、ケーキを見ている目が、嬉しそうだったから……。それに、私にお金をすぐ、
貸してくれましたよね。状況が理解できていたから、何も言わずに貸してくれたんだって、
ずっと思ってました」


あの日、分析をしたのは僕だけではなかった。何もわかっていないと思っていた三田村は、

ブラックコーヒーを愛する、厳しい主任ではない僕を、実はちゃんと見抜いた。


「そういえば営業部でつまみ食いしたのも、見られたんだよな……」


警戒心もなく、子供のようにお菓子を放り投げた時、三田村が目の前に立っていたのだ。


「はい……その時も、とっても楽しそうでした」


三田村は嬉しそうに笑い、『バウムクーヘン』の情報を指で追いながら、

予定より早く会社を辞めることにはなったが、おかげでこれを買いに出かけられたと、

楽しそうに語った。材料のこだわりが書かれている小さな記事を指で差し、

ここがポイントだと熱が入る。誰かの情報を、自分のもののように語るのはいつもと変わらないが、

その時僕は、普段と違う彼女の姿に、記事の内容はどうでもよくなった。


……メガネをかけていない三田村


雑誌の細かい文字を追うときも、包丁を使う時も、彼女はメガネをつけない。

目を凝らしたり、細めたりするような仕草もなく、雑誌の記事に顔を近づけるようなこともしない。

会社では一度も見ることがなかった姿に、つい気持ちが顔へ向かう。それに気付いた彼女と目が合い、

僕はすぐに視線を雑誌へ戻し、話が逸れていたことに気付き、修正する。


「なぁ、問題がないなら、今すぐに母に電話するよ。軽く面接してもらって、それで……」


携帯を開き、短縮番号を呼び出し、左の親指でボタンを押そうとした時、予想外の返事が

三田村から飛び出した。


「主任……それは結構です」

「エ……」


通話ボタンを押した指は、すぐに終了ボタンを押した。


「どこか決まってるのか? 仕事」

「いえ……そうじゃないんですけど、そんなご迷惑をかけることは出来ません。
仕事はこれから自分で探しますから。そんなこと気にしないでください」


仕事が嫌だからではなく、迷惑をかけたくないという理由に、

いや、気にしないでほしいという言葉に、僕はその場で受話器を開けた。


「そんなことを言うな。迷惑なんかじゃないから……」


僕は少し強い口調で、三田村にそう言った。どうしてここまで引いてしまうのだろう。

何回かの呼び出し音の後、母が電話に出た。


「もしもし祐作だけど、例の話、三田村にしたから。連絡するように伝えた……」


勝手に話を進めることに、戸惑った表情を三田村は見せたが、僕はそれを無視して用件を済ます。


「母の番号を教えるから、都合がいいときに店へ行って」


問いかけにはしなかった。営業部内で仕事を振るように、当然という顔で僕は彼女を見た。

選択を彼女に任せたら、絶対に引いてしまう。迷惑をかけられたのではない、

気になるから役に立ちたいのだ。


三田村は小さく頷くとそばにあったメモを手に取る。僕は母の携帯番号を言いながら、

メガネのない彼女の顔をもう一度見た。

普段かけているあのメガネは、ファッションでつけているようには見えないだけに、

三田村の目の前にある素顔を、もっと知ってみたくなる。




草原の中におそるおそる顔を出した、小さなウサギ……




もし、僕が今、メガネがない理由を尋ねたら、そう、彼女は驚いたウサギのように、

また自分を隠してしまうだろう。聞きたい気持ちを押さえ、ここはあえて触れずに過ごす。


コウちゃん……と呼ぶ、あの男には、こんな素顔で接するのだろうか……。





家に戻り買い込んだもので夕食を済ませ、ブログを立ち上げ情報をチェックする。

ここでも、今日、三田村と食べた『バウムクーヘン』は話題にあがっていた。


      >今日、私も買いに行ったんですよ、ぺこすけさん
       ものすごく並んだけど、やっぱり美味しかった


えんどうまめは、会社の帰りに1時間かけて並んだと書き込み、ぺこすけがそこに返事をつける。


      >あれは並んででも食べて損はないですよ。
       私は、一緒に食べてもらえて、とってもラッキーでした


僕と『バウムクーヘン』を食べたことを嬉しそうに書き込んだぺこすけと、

母の店を仕事を紹介した時の辛そうな顔が、同一人物に結び付かなくなる。


会社の中で外したことのなかったメガネ。何かあれば引いてしまう性格。

小さなウサギが怯えることなく、遊んでいる場所がここだと思った僕の指が、

マウスからキーボードに移る。



彼女の抱えているものがいったいなんなのか……。どうして引くようなことばかりするのか、

僕はどうしても知りたくなり、チーズとして、情報以外のコメントに初めて返信する。


      >一緒に食べたのは彼なの?


この質問に、ぺこすけはどう答えてくるだろうか。そう思いながら僕はPCの前を離れた。





24 恋の感覚 へ……




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コメント

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きゃ~!

こんばんは。昼休みに楽しく拝見しました!そして我が家でもう一度読んじゃいました。
目覚めたのかしら?本当の自分に気づいてくれたウサギちゃんに^^

>僕は、普段と違う彼女の姿に、記事の内容はどうでもよくなった。
>気になるから役に立ちたいのだ。
>三田村の目の前にある素顔を、もっと知ってみたくなる。

青山ちゃん、それは恋の始まりかも~~
私まで気になる、気になる。
つづき、楽しみにしています。

そうだった、ももちゃん作品はなかなか恋が始まらないプー!(*≧m≦)=3
祐作君、彼女と話をしていて楽しかったでしょ。甘い物好きなことも隠さなくて良いしv-274 ブログ開けるのも楽しみだったでしょ。v-216そしてコウちゃんが従兄弟だったのが嬉しかったでしょ。v-411

お母さんの店で働けるようになればもっと近づけると思ったよね。e-266

あら!

↑あータイトル入れ忘れちゃったv-12 時々やってしまうパボです。

ついに・・・

祐作君、核心をつく質問^m^ ぺこすけの返信が気になります(*^_^*) 憧れの人♪からもう少し身近な人に変わって欲しいな~。個人的には≪憧れの人≫って響き、とっても好きなんですけどね・・・いい歳して(笑)

『ももんたさんの作品はなかなか恋がはじまらない』同感です。失礼!!m(__)m
でも、その分安心して読んでいけるので~大好きですv-238
続き、ゆっくりお待ちしてま~す(^O^)/

ウキャー!

milky-tinkさん、こんばんは!


>こんばんは。昼休みに楽しく拝見しました!そして我が家でもう一度読んじゃいました。

二回も読んでもらえて、嬉しいです。そうそう、祐作は気付いたんですよ、
自分の心の動きにv-344

人の心は動いたことがわかるまで時間がかかっても、動いたことがわかってからは、
速いんじゃないかな……

さて、私も気になる、気になる。
また、遊びに来てね!v-422

はず……

yonyonさん、こんばんは!


>祐作君、彼女と話をしていて楽しかったでしょ。甘い物好きなことも隠さなくて良いし
 ブログ開けるのも楽しみだったでしょ。そしてコウちゃんが従兄弟だったのが嬉しかったでしょ。

あはは……。なんだか、小さい子供に言いきかせてるみたいだ。そうなのよ。
周りは気付けても、本人が気付くのはなかなか難しいもの。v-292

しかし、気付いたら一気に動くはず……v-291

はず……

はずなんだけどねぇ。私の作品だから、どうでしょうかv-356

そうか、そうなのか

ラピュタさん、こんばんは!


>憧れの人♪からもう少し身近な人に変わって欲しいな~。個人的には≪憧れの人≫って響き、
 とっても好きなんですけどね・・・いい歳して(笑)

いや、いや、私も好きですよ、憧れv-353って響きは……
いいのです。年齢はHNに関係なし!

そうか、私の作品は、なかなか始まらない……と、みなさんが思っているんだ(笑)

思い切り、告白シーンv-10からスタート! すればよかったか?(笑)

ももんたさん、おひさしぶりです♪

荷造りやら手続きやら、しないといけないことだらけなんですが・・・。もうなんとかなるさ~!と開き直って、遊びにきちゃいました。

さあ、どう展開していくのか、全く先の読めないももんたさんのお話・・。今回はどう転がっていくのかしら?

自分なりに考えてて、「え~こうくるの?」という展開が多いので(汗)
この話も、これまで同様楽しませてくれるはずだ!と期待してます(笑)

では。月末の引越しに向けて、またガンバリマス!

春はお引っ越しの季節だね

senpukiさん、こんばんは!


>荷造りやら手続きやら、しないといけないことだらけなんですが・・・。もうなんとかなるさ~!と
 開き直って、遊びにきちゃいました。

開き直りは大事だけど、荷造りは頑張ってね! 引っ越し出来ないとパパが困るよ
創作は消えないので、後でまとめて読めるから!

>さあ、どう展開していくのか、全く先の読めないももんたさんのお話・・。
 今回はどう転がっていくのかしら?

そうなんだ……。そう、言われるんだよね、先が読めないって。
私としては、『王道』を歩いている気持ちなんだけど(笑)
まぁ、人として外れた方向には行ってないと思うv-410ので、楽しんでもらえたらいいのですが。

引っ越しe-148頑張れ! 荷造りに疲れたら、お茶e-423を持っておいでね!

一歩♪

進んでる様で進んでない(?)でも進んでるんですね。v-238

三田村さんの事が気になってるから強引な行動にも出る
他の人が知らない祐作の事を三田村さんは知ってるから
気持ちが楽なんじゃないかな?って事はこの先。。。v-10

チーズの問いかけにどう答えるのかな?ぺこすけは。
一歩進んだと思っていいのかな?
まだまだこれからなんですよねv-22










ワクワク|*.ω.) ドキドキ♡

23話、みっけ~*⌒ー⌒*ノ

昨日upされてたのに、どうして気付かなかったのかなぁ・・・
コウちゃんは兄弟じゃなくて、いとこだったんだね。ひとまず安心だ。
それで、これから二人はどうなるんだろう。

個人的にゆっくり育む恋が好きなので、焦れるのも楽しいけど・・・
気になるv-41

三歩進んで二歩下がる

beayj15さん、こんばんは!


>進んでる様で進んでない(?)でも進んでるんですね。

あはは……そうそう、進んでいるんですよ、実は。v-410
人の気持ちは、気付かないうちに動いて、気付いた頃には止められないものです(キッパリ)

さて、どう答えるのか、その辺はまだまだこれからです。のんびりお付き合いくださいませ。

こちらにもどうも!

midori♪さん、ふたたびこんばんは!

そう、コウちゃんは『いとこ』なんだよ。安心……したいところだけど、まだまだそうはいかないの。
それはまた、後々わかってくるんだけど……

ゆっくりなんだけど、ちょっとずつ進んでいるからね、また、お暇なときにでものぞいてね!
ありがとう!