16 追い込まれる男 【16-3】

【16-3】

「粕谷がそれを?」

「そう……私に、あなたを追い込みたくないかって、そう言った。
男として許せないだろうって」


謙は、あらためて手を動かし、カクテルを一口飲んだ。


「構わないよ、君がそう思うのなら、粕谷と手を組んで、僕を追い込んでくれても」

「……謙」

「あのときのことを許せないと思うのなら、それは仕方がない」


私はそんなつもりはないと言い返し、

ただ、粕谷が自信たっぷりに言ってきたので、気になったのだと告げていく。


「たいしたことではない。それは僕の方で処理できる。君が気にすることではない」

「……聞いてはまずいことなの?」


少なからず、謙にも何が後ろに隠されているのか、想像出来る言葉なのかと思うと、

このまま帰って行くことが出来ない気がした。相手は本店にいる。

いくら謙でも、対応に失敗すれば、地位を落とされる可能性もあるだろう。


「その時、その時で最善だと思うことをやっている、その結果が今だ。
僕は、自分のしてきたことに、仕事の面で後悔はない。
危ないことだと言われた時もあったけれど、取り組む以上、
流されているだけでは満足出来ないのだから、仕方がない。
リスクなど恐れていては、結局、何も残らないだろう」


謙はそう言い終えた後、間違っているかという表情で私を見た。

その中で傷ついている人たちのことを思う余裕はないのかと、言い返したかったが、

今の自分をそこに重ねてしまい、言葉が出なくなった。



私は、圭の可能性を、つぶしているのではないだろうか。

モデルに戻ると決めたのだから、戦っていると感じられる場所に、

送り出すべきではないだろうかと、心がまた迷い始める。

家のことも守れず、評価した人たちの気持ちにも応えられない圭は、

『仕事』に誇りを持ち、突き進めるだろうか。


「……後悔があるとすれば」


謙の言葉が止まり、私は自然と彼の方を向く。


「君を選ばなかったことだけだ……」


私は無言のまま首を振る。


「そんなことを言う余裕があるのなら、大丈夫ね」


私は、すぐにでも店を出ようと、残ったお酒を全てノドに押し込んだ。





謙とは途中まで同じ電車に乗る。

ホームへ向かい歩いていると、横の通りから飛び出して来た男性に、

いきなり突き飛ばされた。ぐらつく体を謙が支え、転びそうになることを防いでくれる。


「ありがとう……何、あの人」

「酔っぱらいだろう。色々な男がいる、気をつけろ」

「うん……」


互いの駅に着き、それぞれが家を目指し、私も部屋へ歩き続ける。

マンションの部屋が見えると、圭の部屋の明かりだけが気になった。

エレベーターに乗り、3階で降りる。

圭の部屋の前を通り、玄関のカギを開けた。

2月いっぱいで銀行を去ることが決まっている彼は、引継ぎと資料作りに忙しく、

早い時間に部屋へ戻ることがなかった。

今日もまだ仕事なのか、それとも事務所で次の話が始まっているのか、

私にはわからない。

携帯電話の番号を、工藤さんには教えてある。

何も言われないのは、圭の決断を納得してのことなのだろうか。

それとも、ジリジリとした時間を送らせることで、

私の気持の変化を待っているのだろうか。

荷物を置き、スーツを脱ぐと、そのまま浴槽の蛇口をひねった。





突然の本店視察が終了した次の日は、どこかのんびりした雰囲気だった。

午前中の仕事を終え、いつものように休憩室でお弁当を広げる。

見慣れない番号から着信記録が残っていた。

そのまま無視していようかと思ったが、1度だけではなく、2度入っていることに、

圭の事務所がらみかもしれないと思い、勤務終了後銀行を出て、発信ボタンを押す。


「もしもし……」

『あ、こんばんは』


声を聴いた瞬間、もしかしたらという思いが、頭を駆け巡った。

聞き覚えのある声のトーンに、なぜかけてくるのかという疑問がわきあがる。


『突然お電話してしまい、申し訳ございません。坂口です』


電話は、父が愛しているあの女からだった。

私の携帯番号を父から聞きだし、かけなければならないことなど思い浮かばない。

父がまた、具合でも悪くしたのだろうか。


「父に何かありましたか」

『いえ、そうではありません。お伺いしたいことがありまして』


坂口弥生は、受話器越しに、

父から私がお金を用意したがっていることを聞いたと、そう言い出した。

母に伝わった話が父に向かい、さらにこの女に向かったかと思うと、腹だたしくなる。


『私が、お役に立てるかもしれません』


坂口弥生は、このまま店の方へ来ることが出来ないかと、そう私に尋ねて来た。

この人の言うことなど聞きたくないのは本音だけれど、

今は、何か突破口があれば、何でも考えてみたい気がしてしまう。

お金さえ用意できれば、圭は実家の土地を救うことが出来る。

私は気付くとわかりましたと返事をし、駅へ向いた足を反対側へ動かした。





『花苑』


坂口弥生の店。

この間、父に無理やり連れてこられた日とは違い、今日は自らの足でこの場所に入る。


「すみません、米森と申しますが」

「……米森様ですね、どうぞ」


受付に立つ男性は、すでに彼女から私が来ることを聞いていたのだろう。

慌てることなく、奥の個室へ案内してくれた。

母と変わらない年齢で、この店のやりくりをしている女性は、

それからすぐに姿を見せた。


「お待たせいたしました」

「いえ、こちらこそ、お忙しいでしょうにすみません」

「いえ、お呼びしたのは私のほうです」


そういうと、坂口弥生はいきなり大き目の封筒を目の前に差し出した。

その膨らみ方に、現金が入っているのだとすぐにわかる。


「500万円、用意しました。ご希望はもう少し上なのでしょうが、
とりあえずこれだけあれば、まずの手打ちが可能でしょう」


『500万円』

確かに銀行で見る札束が、きちんと帯をした状態で5つ積み重なっている。

自分の銀行では毎日見ているけれど、仕事の中で扱うと、

それがただの塊に思えてしまうが、あらためてこうして出されると、

その金額の重さに、鼓動が速まった。



【16-4】

『愛し方』は、人それぞれ。
迷い込んだ迷路の先にある道は、どこにつながるのか……
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コメント

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歌穂の周りの人達が、存在感を示し始めましたね。
どう展開するのか楽しみです。

ありがとうございます

irohaさん、こんばんは

>歌穂の周りの人達が、存在感を示し始めましたね。

色々な登場人物を話しにからめていくのは、楽しくもあり、
たいへんでもあります。
歌穂の思いと、圭や謙の思いがどうなっていくのか、
これからもおつきあいくださいね。