18 思い出を残す男 【18-2】

【18-2】

「本来、宅配業者ではないので、配達はしないんですけど、
お世話になっている事務所の関係なので、今回だけ特別で……」

「ここ……ですか?」

「はい、あの、サインももらってくれとは言われてないのですが、なんとなく、
証明になるかと……すみません」

「いえ、そちらの立場からすれば、当然ですよね」


見積もり書には、『梶本圭』の文字が記されていた。

間違いなく、この引越しを頼んだのが圭であり、この紙袋を頼んだのも彼なのだと、

理解できる。


「この3枚目にお願いします。これは依頼者にお渡しする書類なので……」

「はい」


カーボンで映った圭の名前の横に、私は『米森歌穂』と名前を入れた。

それを業者の方に、あらためて戻していく。


「ご苦労様でした」

「いえ、失礼します」


隣からは、圭の面影が全て消え、私の手元には、小さな紙袋だけが残された。

あらためてシールを取り、中の箱を出していく。

しっかりとした箱には、かわいらしいリボンがついていて、

そのリボンを丁寧にはずし、箱の横に置く。

箱の中から出てきたのは、『腕時計』だった。

一緒に入っていたメッセージカードの袋を開く。



『歌穂 あなたにこれから素敵な時間が流れていきますように』



圭の手書きのメッセージが、そこに残されていた。



『少し早いけれど 誕生日おめでとう』



私の誕生日は4月。

こんなことがなければ、一緒に迎えていただろう。

過ぎたことを悔やんでも仕方がないけれど、戻せるのなら時を戻したい。

この時計の針を止められるのなら、どんなことをしても、止めていたい。

私はカードを握り締め、戻らない『時』をただ思い返すことしか出来なかった。





カレンダーは3月に入り、『寺町支店』からの異動もほぼ終了した。

私は4月から2階で、融資関係の仕事を受け持つことになったため、

引継ぎをしながら、少しずつ上の席に座ることが増える。

窓口業務の後方とは違い、お客様が1分1秒を刻む待ち方をされるわけではないので、

気持ち的には多少の余裕があった。

休憩室に入れば、コーヒーサーバーが用意されていて、飲めることはわかっているのに、

私の足はエレベーターに乗り、資料室のある階へ向かってしまう。



『どこまで行きますかね、全て出ちゃうのかな』

『梶本君、何ふざけたことを言っているのよ。これ、どうにかしないと……』

『大丈夫ですよ、全て出てしまったら、また入れたらいいんですから』



私は、『森口支店』に謙が上司として戻り、イライラした思いを自動販売機にぶつけた。

反乱を起こすように販売機は商品を下にどんどん落とし、

慌てた私に、圭はそう言ったっけ。



6つも年下のくせに……何もかもわかっているような口をきいて。



「はぁ……」


『恋の終わり』を経験することは、初めてではない。

大学から付き合った彼と別れたときにも、謙と終わりを迎えたときにも、

『脱力感』のようなものはあった。


でも、今回は違う。


相手を嫌になったわけでも、裏切られたわけでもなかった。

だからこそ、どこを向き、何を見て、気持ちを切り替えたらいいのかがわからない。

3月いっぱいで、この販売機は撤去されることが決まり、

私は思い出がまた一つ消えるのが怖くて、ただ、寄り添うことを選んでいた。




【18-3】

流れていく季節と、残り続ける彼への思い。
いつの日も、『思い出』は歌穂の心を支配し続ける……
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