18 思い出を残す男 【18-5】

【18-5】

ある日の朝、スポーツ新聞を握った高野さんが、休憩室でそれを広げた。

井上さんをはじめとして、女子行員たちは見開きで登場した圭の姿に、

驚きの声を上げる。


「いやぁ……これが梶本君? 全然別人みたい」

「髪の毛もブラウンだね、結構明るめの」

「そうだね、足……ほら、足長い!」


いつものように昼食を取りながら、少しだけ視線の中に入れた圭の姿は、

確かに初めて見るようなものだった。銀行員として動いていた頃とは違い、

髪の毛も、服装も、完全にモデルスタイルとなっている。

洋服の加減だろうか、肩幅も広く見えるし、顔も細くなった気がした。



私の知らない圭が、そこにいる……

そんな気がした。





それからしばらくすると、新聞の見開きだけだった圭の姿を、

色々な雑誌でも見るようになった。

時には子供のように笑い、甘えていた人と同じだとは思えないくらい、

色々なと大人の顔を見せている。

プロの技とはこういうものだと、素人の私でも感じ取れた。



圭の動きとは違い、私はそれなりの日々を送り続けている。



「こんばんは」

「お! いらっしゃい!」


以前、圭と訪れた串焼きの店。

2ヶ月に1度くらいのペースだけれど、お邪魔しては思い切り笑わせてもらっている。

一人で入るのはどうなのかと、首を傾げていた時期もあったのに、

店長とほぼ同年齢で、話が合うとわかってからは、全然気にならない。


「今度は友人を連れてきます」

「友人? 何だよ、男じゃないの?」

「もう……すぐそういうことを言う!」


店長は、それならば予約席を作ってくれると約束してくれた。

私は、楽しい食事を終え部屋へ向かう。

今まで『ネコを探している』という手書きの紙が貼られていた電柱に、

『竹原川花火大会』のポスターが貼られていた。

そろそろワインや日本酒よりも、ビールの恋しい時期が近付く。

今年はまた、あのから揚げを揚げてみようかと思いながら、前へ進んだ。





「すみません、『TNサポート』の信濃です」


『TNサポート』は、銀行の窓口にパート社員を派遣している。

今時、銀行を結婚で辞めた女性や、子育てをある程度こなした女性の再就職先として、

銀行は固いイメージがあるからなのか、働きたいという希望も多かった。

こちら側としても、正社員ほどの費用がかかるわけでもないし、

支店の内容が動けば、それなりに数を増やしたり減らしたりしてくれる派遣会社は、

重宝とも言える存在だった。

『東日本銀行』時代は、100%出資の子会社だったが、

『成和』との合併が決まり、独立した企業として少し離れた存在になった。

しかし、融資関係のつながりは保たれたままのようで、

信濃さんという担当の女性が、2階へ顔を出した。

私は、あらかじめ出来上がっていた書類を手に持ち、彼女のそばへ動く。


「お待たせいたしました。すみません、こちらまで足を運んでいただいて。
担当をします、米森と申します」

「いえいえ、今までの『寺道支店』が『森口支店』に変わっただけですから」


信濃さんの提出してくれた書類を、私はしっかりと確認する。

毎月の簡単な確認と、半年に1度の上司たちの審査、

融資のためには欠かせない作業だった。


「お久しぶりです、融資担当になられたのね、米森さん」


信濃さんの言葉に、私は思わず顔を上げた。

『TNサポート』の担当者と、今までのどこかで顔を合わせたことがあっただろうか。

私の担当は窓口業務関連が多かったので、企業関係の人と縁を持つことは、

少ないはずなのに。


「うふふ……信濃って名前がわかりづらいわよね。
『神波支店』でお世話になった、安井ですと言えば、おわかり?
あの当時はもう少し髪の毛が短かったかな……」

「あ……」


『安井昌枝』さん。そうだった。私が『神波支店』へ配属された時、

彼女は『TNサポート』から派遣されたロビー担当の女性だった。

主婦だと言っていたのに、ご主人が出張の多い人だったこともあり、

年齢の近い行員と、結構飲みに出かけることが多い人だった思い出がある。


「あ……すみません、信濃さんという頭しかなくて。
安井さんだったとは、気付かなくて」

「いえいえ、いいのよ。あの当時は米森さんは行員さんで、
私はあくまでも派遣のパートでしたしね。
それに今更、別れたダンナの名前で呼ばれるのも、いい気分じゃないし」


そうだった。思い出した。


「離婚すれば、自由でしょ……仕事も恋も……」


そう、この人、謙のことが好きだった。

よくお菓子を作ってきては、彼に勧めていたっけ。

ご主人がいる人なのに妙に積極的で、どこか話すことを避けていた。



『甘いものは嫌いだと言ったら、飲みに誘われて困る』



そんなことを確か、聞いた気がする。

自分が綺麗だと思っているからか、結構どんどん前に出る人だった。


「あれから私、離婚しまして、『TNサポート』の社員になりました。
自分が使われていた経験をいかして、今は、後輩の育成に力を入れているの。
自分は主婦として家にいる女だと思っていたのに、
本当の気持ちは社会に出て行くことだったと、気がついたというか……」

「はぁ……」

「信濃は旧姓なんです。これから色々とよろしくお願いしますね」

「はい……」


信濃さんはそう言うと、名刺を取り出し、私の前に置いた。

確かに『派遣担当』という役割名もついている。


「ねぇ……こちらの支店長、4月から有働さんなんですってね」

「……はい」

「なんだか、奥様と離婚されたとか……米森さんもご存じ?」


信濃さんが、私を担当の場所へ呼んだ理由がわかる気がした。

謙の話をするには、過去を知っている私がうってつけなのだろう。

もちろん、彼女は私達が自分のことを話題にしていたことなど、知らないだろうが。


「プライベートなことは、私……」


謙がどういう経緯で離婚したのかなど、細かくは知らないし、

それをあれこれ語るほど、性格の悪い女ではない。


「あ、ううん、いいのよ、そうじゃなくて、派遣社員のこともあるでしょ?
ちょっとご挨拶はしておきたいなと思って」

「挨拶……ですか」

「えぇ、今、彼にお時間あるかしら」


信濃さんは、言い方を変えてはいるが、

ようは謙と会いたいのだと言うことが、ハッキリわかった。

そういえば昔から、首を突っ込むのが好きだった覚えがある。

互いに離婚した自由の身だから、さらに近づくことが出来たらいいとでも

思っているのだろうか。


「少しお待ちいただけますか? 下を見てきますので」

「ごめんなさいね、強引で……」


いえいえ、今に始まったわけではないですからと思いながらも口には出さず、

私は1階へ降りていく。

謙は支店長の席に座り、いつものように仕事中だった。




【18-6】

流れていく季節と、残り続ける彼への思い。
いつの日も、『思い出』は歌穂の心を支配し続ける……
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