19 摩擦を呼ぶ女 【19-3】

【19-3】

奥さんに圭を知っているのかと尋ねられ、私は思わず頷いた。

知っているのはほんの一部分かもしれないが、あまり話せなくなった彼のことを、

語ってもらえるだけで、心が落ち着く気がした。

自分から別れる決断をしたのに、結局こうしてまた、引き寄せられてしまう。


「圭ちゃんのおじいさんは、うちの主人の師匠とも言える方で、
一人前の職人にしていただいたんですよ。本当に、全て教えてもらって。
圭ちゃんのお父さんのギャンブルで、ここを手放す事になって、
別の経営者が引き継いだんですけどね、町工場ってものは、
ただ引継ぎだけでは経営にはならなくて」


部品のことをわかりきっている人が上に立たないと、

業者との駆け引きにもならないとわかり、

現在の鳩山さんご夫婦が責任者としてこの場所を任されているのだと、説明を受けた。


「引き継ぐまでにもあれこれあって、
正式に動き出したのは5年ほど前だったと思います。
圭ちゃんも細かくは知らなかったから、去年の年末にフラッとここへ来て、
私たちの顔を見て、それはまぁ、驚いて……」


圭は、幼い頃に、工場で職人のタマゴをしていたご夫婦がここにいることを知り、

素直に喜んでいたのだという。


「親父さんに連絡をしようと思っていたけれど、使われていた私たちが、
上に立ったということを知ったら、どう思うのか、なんだか気持ちが複雑でね。
でも、圭ちゃんがそんなことはない、本当に嬉しいと言ってくれて、
よかったら『花火大会』を見においでって、誘って……ねぇ、あんた」

「あぁ……親父さん、喜んでいたな」


圭のおじいさんは、仕事を失って生きる気力も無くしていた時期があると、

確か話してくれたことがある。そのおじいさんと一緒に、圭もここへ来るのだろうか。


「梶本君も……一緒にここへ?」

「いや、圭ちゃんは仕事で来られないって、言っていたね。
海外で新作の発表会があるから、どうだのこうだのって、ねぇ」

「あぁ、言ってたな」


圭は、この場所に戻ってこない。

それでも、圭の気にしていたことが少し前に動いた気がして、

私は嬉しくなる。


「これは、私が貼ったんです。あの甘えん坊で泣き虫だった圭ちゃんが、
世界的なブランドのモデルさんになるなんて、誇らしいでしょ」

「……はい」

「小さい頃からね、圭ちゃん、よくこの台に乗っては踊ったり、歌ったりしていたね」



歌ったり、踊ったり……



私が知っている圭からは、あまり想像がつかないけれど。


「あぁ、そうだったな、モデルさんになってもやれるんじゃないか」


私には向かないなんて言っていた『モデル』だけれど、

意外にそうでもないのかもしれないと、ご夫婦の会話を聞きながら思ってしまう。


「この顕微鏡も、大事にしないとならないって」


奥さんの前には、部品の最終確認をする顕微鏡が置いてあった。

今年の春に、圭が買ってくれたものだという。


「こんなことしてくれなくてもいいって言ったのに、
昔からの壊れかけたものを使っていたことに気付いて、贈ってくれました」


私がしたわけでもないのに、圭の行動一つ一つが心を温めてくれた。

あの時、仕事を断らせずチャレンジさせたことが、本当に正しかったのだと、

あらためてそう思えてくる。


「優しいですね、梶本君……」

「はい。昔から優しい子でしたから」


そう、圭は優しい。

自分のことよりも、人のことを心配し、それで満足そうに笑っている人だった。

私が『幸せ』だと言えば、圭は自分はもっと幸せだと、そう言ってくれた。


「圭ちゃんは日本一の男です、だから日本一のモデルになりますよ。
ぜひ、銀行のみなさんも応援してやってくださいな」

「……はい」


私はあらためて頭を下げると、思い出の工場を後にした。

圭はきちんと動き出している。私もいつまでも下を向かずに、頑張ろうと、

川のゆっくりとした流れを見ながら、そう誓いを立てた。





『竹原川花火大会』


響子さんでも呼んで、ビールを飲もうかとも思ったが、

今年は一人で見ることに決めた。から揚げを用意して、ベランダに腰掛ける。

川沿いの混雑ぶりを上から見ながら、次々と上がる花火をしっかりこの目に焼き付ける。



『見て、見て、ほら!』

『歌穂、危ないから、つかまっていなさい』



私が、父親と言う存在に、愛されていた記憶。

そして、友達が思いがけずやってきて、

静かに見られなかったと、昨年、悔しそうな顔をした圭のことを思い出す。

対岸に見えるあの工場のベランダでも、懐かしそうに見上げる人がいるだろうか。



また、明日も頑張ろうと、思っているだろうか……



花火は1時間ほどで終了し、祭りの後のゴミだけが、その場に残された。




【19-4】

季節が変わり、歌穂を取り巻く人たちも変わっていく
流れていくべきか、それともとどまるべきか……
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