19 摩擦を呼ぶ女 【19-4】

【19-4】

カレンダーが8月になり、それなりの日々が続く中で、

私はいつものように休憩室で昼食をとっていた。

しばらくすると高野さんが現れ、私を見つけるとすぐに駆け寄ってくる。


「米森さん、知っていましたか?」

「何を?」

「来週、鴫原有紀が『東日本成和ジャック』をするらしいですよ」


4月からうちのCMモデルを務めている、あの鴫原有紀が、

キャンペーンの一貫として、『東日本成和銀行』の数店舗をピックアップし、

いきなり顔を出すという。

お客様と握手をしたり、時間としては30分ほどの滞在らしいが、

すでにその情報はネットで多く飛び交い、どこの店舗なのかと、

あれこれ憶測が飛んでいるという。


「そういうのは、キーになる支店が多いでしょ。受け入れる体勢もあるし、
うちはありえないわよ」

「……が、うちが入っているらしいんです」


ネット情報でも『森口支店』は有力候補となっていた。

というのも、圭が元『森口支店』に勤めていたことも情報として流れていて、

その事務所としての縁が、イベント開催につながるのではないかと思われている。


「何か聞いていないですか? 米森さん」


高野さんは、自分たちのような若手の行員は知らなくても、

私のようなベテランには支店長から情報が入っているのではないかと思い、

聞きに来たという。


「残念ながら入っていません」

「本当ですか?」

「そんなこと、ウソついてどうするのよ」

「……ですか」


高野さんは少し肩を落とし、目の前の席に腰掛けた。

鴫原有紀を井上さんが見かけたとき、本当にかわいかったと聞いていたので、

本物を見てみたかったと、愚痴り始める。


「イベント開催の支店になんて、ならない方がいいわよ。
警備から何から大変だし、楽しんでくれる人も多い反面、苦情も増えるし」

「苦情?」

「そう……」


私は、以前、物産展の商品を景品につけることが決まり、

店頭であれこれイベントをした時に、品物が足りなくなったと言われ、

頭を下げ続けたことを話した。高野さんはそうなんですかと頷いている。


「いつもの人の数ではない人が入ると、お金を扱っている場所なだけに、
ハラハラすることも多いしね」


不特定な人が出入りすると、セキュリティーが大変だと、経験して本当にそう思った。

面倒なことや、利益の上がらないことが嫌いな謙のことだ、

立候補してくるようなことは、ありえないだろう。


高野さんはそれでも残念だと言いながら、休憩室を出て行き、

私はそのまま昼食の続きを食べることにした。





しかし、話はその日の午後、急展開を見せる。

私は支店長室に呼び出され、思っていたことと正反対のことを聞かされた。


「鴫原有紀が、来るのですか?」

「……知っていたのか」

「いえ、あの……ネットではうちが候補ではないかと、噂になっているようです」


謙は頭が痛くなると言いながら、うちに来ることが正式に決まったと、

そう言った。『森口支店へ行きたい』と、事務所側が指定したと言う。


「向こうが?」

「というのは勝手な本店の理屈付けだ。本当は違う」

「違う?」

「まぁ……色々とあるということだ」


謙は細かいことを言わずに、その場を濁してしまった。

とにかく、昼前のあまり込まない時間とは言え、あの鴫原有紀が来るとなれば、

緊張した時間になることは間違いない。


「熊沢さんの方には、僕の方からお願いしておいた。
当日は、君が鴫原有紀についてくれ」

「私が……ですか?」

「うん」


新人たちでは慌ててしまって大変だと謙はそう言った。

私は融資の方に回り、実際にお客様と向かい合う仕事から離れているので、

好都合だと言われてしまう。


「うちの制服を着て、『東京中央支店』からこっちに向かってくる。
客の入りがそれほどでもなければロビーに出てもらって、
軽く握手でもしてもらえばいい。もし、ロビーが混雑しているようなら、
カウンターの中に入ってもらって、軽く手でも振ればOKだ」

「その判断は」

「君の判断でいい」


鴫原有紀自身にも、事務所側からのボディーガードがついているらしく、

特に周りを気にすることはないと、そう言われてしまう。


「こういうのは、大きな場所が主に決まると思っていましたが……」

「そうだ。だから色々とあると、今、そう言ったはずだ」

「色々とは……」


謙が言いたくないことなのか、私に聞かせたくないことなのか、

それでも、どんよりしたままでは、何か気持ちが前向きにならない。


「担当者を引き受けろと言う割には、何もハッキリしない状況で……」

「『東日本』と『成和』の勢力争いがまだ終わっていない、それだけだ」


謙はそういうと、明日の午後、正式に打ち合わせをして欲しいと、

書類だけを差し出した。




【19-5】

季節が変わり、歌穂を取り巻く人たちも変わっていく
流れていくべきか、それともとどまるべきか……
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