19 摩擦を呼ぶ女 【19-6】

【19-6】

それから、1週間が経ったイベント当日。

開店前から、ネットなどで情報を集めたファンたちが、列になっている。

警備担当の行員が、銀行と取引のある方のみの入店とさせていただきますと

その場を仕切る。

5店舗あるうちの、うちは2店舗目。

時間もほぼ予定通りに進むだろう。


「今日は何かあるんですか」


いつも、朝早く入金に来るご近所のパン屋さんが、そう問いかけてくれた。


「今日は臨時の行員が、ちょっとだけ姿を見せます」

「まぁ……」


この集まり具合だと、やはりロビーに立ってもらうのは問題がありそうだ。

私は事務所側から来ている男性に、いつもよりも相当人が集まっていることを告げ、

中で挨拶をする程度にとどめて欲しいと指示を出す。


「これくらいなら……」

「いえ、いつもの入りに比べたら、相当人が集まっています。
目の前の道路もあふれるようなことになると、苦情が来ますので、
距離感を保たないと、問題がおきますから」


決定は早いほうがいいはず。主要支店のようにガードするスペースが大きくあるのなら、

それはそれでなんとかなるが、ここは狭い。

トランシーバーに鴫原有紀の入行が迫ったという報告を受け、

私は井上さんに、銀行のティッシュを集めてくれるようにお願いした。


「ティッシュですか」

「うん……。窓口に来たお客様に渡してもらいましょう」


時間にすれば10数分。

井上さんはイベント用のカゴを出し、そこにティッシュを入れ、用意をしてくれた。

最初に用意したものと横に並べる。


「米森さん」


融資の熊沢課長がロビーに立つ私に、声をかけてくれた。

そばに来るように手招きされる。


「はい」

「支店長室へ行ってくれ。到着らしい」


地下の駐車場から入行した鴫原有紀は、そのまま支店長室に入ったようで、

私は軽い顔合わせのつもりで、その扉を叩いた。


「失礼します」

「おはようございます」


明るい声と、かわいらしい小さめの顔。

私たちが常に身をつつむ制服を着たプロのモデルが、目の前に立っている。

それと同時に、彼女が圭と一緒に車に乗り込んだ日のことが、

ふと頭の中をよぎった。


「ねぇ、早乙女さん。ノド乾いたから、お茶買ってきて、いつもの」

「今ですか?」

「今よ、今。また次もすぐに移動でしょ。途中で立ち寄るのは面倒だから、
今のうち」


早乙女さんというのは、鴫原有紀のマネージャーだろうか。

まだ、大学を卒業したてくらいの年齢に思えるけれど。


「出番まで、まだ時間ありますか?」

「あと10分くらいです」

「10分……」

「いいから、行ってきて。早乙女さんがここにいたって、役に立たないでしょ」


鴫原有紀の勢いに押され、早乙女さんはすぐ隣にあるコンビニへ向かった。

頼んだわけでもなく、部屋に二人きりとなってしまう。

私はとりあえず、流れを説明しようと、ポケットから用紙を取り出した。


「すみません、今日なのですが……」

「ねぇ、あなたでしょ、米森さんって」


仕事の話をしようとしたのに、どうも彼女にはその気持ちがないらしかった。

立ち上がり、私のことを上から下へジッと見た後、何か納得したのか頷いていく。


「ここ、圭のいた銀行なんでしょ、『森口支店』。で、あなたがその米森さん」

「すみません、時間が迫っていますので……」

「私はプロなの。外に出ればそれなりにやるわよ。いちいち命令しないで」


鴫原有紀は、CMなどで見せている顔とは、明らかに別の顔を見せた。


「命令するつもりはありません。予想以上にファンの方が集まっているようなので、
ロビーではなく、中の方から挨拶をしていただきたいのですが」


鴫原有紀は、わかりましたと頷き、ソファーで足を組んだ。

私は腕時計で時間を確認する。


「真面目そうな人ね、圭が確かに好きになりそう……」


まともに話をするべきではないだろう。ここはあくまでも職場。


「それでも……本命が自由になるまでの相手っていうのは、
ちょっとかわいそうだと思わない?」


聞き流していくつもりだった。

しかし、そうはいかないコメントが、頭の中をグルグルと回りだす。

『本命が自由になるまで……』その意味がわからない。


「私が勝手に言ったわけじゃないですから。
圭が工藤さんと話しているのを、聞いただけです……」


圭が……

『本命』って、どういうこと。


「圭はトップモデルになれるわよ。片桐さんもそう言っている。
仕事も順調だし、実力もあるから。ですので、ご心配なく……」


支店長室にあるものを勝手に触ろうとしたため、私は動かないで欲しいとそう言った。

鴫原有紀は、不服そうに頬を膨らませる。


「怖い、怖い……」


ロビーで待機してくれている本店広報の行員から、連絡が入り、

いよいよイベントのスタートとなった。私はお願いしますと頭を下げる。


「米森さん、私、ちゃんとやりますから。圭が世話になったお礼のつもりです」


小さな鏡を目の前に出し、鴫原有紀はあらためて自分の前髪を直した。

扉を叩く音がして、私が開けると、そこには謙が立っていた。


「今日はよろしくお願いします」

「あ……支店長さんだ。はい、しっかりやりますからね」


私と謙を交互に見た後、鴫原有紀は含んだような笑顔を見せた。

私は、ハミングをする前のモデルに、付き添いながら下へ向かう。

買い物に出かけたマネージャーの早乙女さんも戻り、

『森口支店』の店内は、一気に賑わった。



黄色い歓声が飛び、思いがけないモデルの登場に、

携帯カメラのレンズが一斉に向けられる。

少し前までわがままを言っていた人とは思えないくらいに眩しい笑顔で、

鴫原有紀は手を振り返した。私は横に立ち、ティッシュの入っているカゴを渡す。

窓口に来たお客様に挨拶をし、両手で握手をする姿は、まさしくプロそのものだった。




【20-1】

季節が変わり、歌穂を取り巻く人たちも変わっていく
流れていくべきか、それともとどまるべきか……
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