20 影に追われる男 【20-1】

20 影に追われる男


【20-1】

「はぁ……」


ほんの数十分が、ものすごく長いものに感じた。

イベントが終了し、鴫原有紀が『森口支店』を出て行くと、一気に疲れが出る。


「お疲れ様、米森さん」

「あ……ありがとうございました。外の警備、大変でしたね」

「いやいや、事務所が寄こしてくれた人たちが仕切ってくれたからさ、
俺たちは飛び出しを防ぐだけだったよ」

「そうですか」


とりあえず、大事にならずにほっとした。

いきなり指名がかかり、繕いながら行ったイベントだったけれど、

これなら、本店に指摘されるようなこともないだろう。



『本命が自由になるまでの相手っていうのは、ちょっとかわいそうだと思わない?』

『圭が工藤さんと話しているのを、聞いただけです……』



圭は、私に『本命』がいて、その相手が自由ではないので、

その代わりに好きになっていたと、工藤さんに言ったのだろうか。

あの瞬間は、何を言っているのかわからなかったけれど、

あの『本命』というのは、謙のことだろう。


私は、謙とよりを戻すつもりもないのだと、圭に説明した。

それをわかってくれたと、信じていたのに……





今更、問い詰めることも、聞き返すことも出来ない。

私は、今日のために用意した台本代わりのメモを、その場で握りつぶした。





「ふぅ……」


誰もいない休憩室。

イベントの疲れもあるのだろうか、今日は、あっという間に人がいなくなった。

私も着替えて出て行くつもりだったのに、足が止まってしまう。

携帯電話で、工藤さんの番号を呼び出し、かけてみようかと指が動くが、

結局、ボタンを押すことが出来ない。

そう、かけたところで、何をどう言えばいいのか、考えがまとまらない。


「お疲れ様……」


顔を上げたところに立っていたのは、支店長室から出てきた謙だった。

私はお疲れ様ですと言葉を返す。


「何をしているんだ。私服のままで」

「すみません、すぐに出ます」


そうだった。ここに座り込んでいても、どうしようもない。

私は立ち上がり、休憩室の電気を消そうと手を伸ばす。


「話があるんだ、食事に行かないか」


私の頭は、一瞬答えを迷ったが、謙の真剣な表情に、すぐ頷き返していた。





静かな時間が流れるような、フランス料理の店。

謙はいったい、こういった店を、どれだけ知っているのだろう。


「あまり進まないな」

「……そう? 味わっているつもりだけど」


食事が入っていかなかった。

その代わりに、ワイングラスだけが、確実に中身を減らしていく。


「今日は助かったよ。急に指名されて、どうなることかと思ったけれど、
あの状態なら、それほど苦情が来ることもないだろうし。
本店からもチェックが入ることもないはずだ」


私は、事務所側から来ている人たちが、場慣れしていたことを告げ、

自分は何もしていないと、首を振った。

そう、本当に私が何かしたというより、あれほど生意気だった鴫原有紀が、

下に行ってから別人のように、振舞ってくれた。

あらためて、あれがプロなのだとそう思う。


「……ねぇ」

「何?」

「圭が謙のところを尋ねたことがあったでしょ。銀行を辞める前。
その時に何を話したの? 写真のことと、それから……」

「どうしたんだ、今更」

「今更でもいいの、聞いておきたい」

「聞いたんじゃないのか、梶本と話をしたのだろう」

「したけれど……でも……」


圭は、あの時わかってくれたと、そう思っていた。

私が別れを決めた理由は、圭の将来を思ってのことだと。

でも、今日聞かされた話は、それとは180度違うもので。

もう、どうしようもないのだとわかっていても、伝わらなかったことは悔しさが残る。


「写真は仕組まれて撮られたものだということと、
どういう意味を持って会っていたかということと……あと……」

「あと?」

「僕が君を取り戻すつもりがあるということ」


謙が私を取り戻す。

そう聞かされた圭は、私の気持ちもまだ、謙にあると思い込んだのだろうか。


「どうして無言なんだ」

「どうしてそういうことを言うのかなと思って」

「気持ちを隠さずに告げただけだ。
梶本と付き合った時には、僕にはまだ形だけだとはいえ妻がいた。
ここからは、堂々と歌穂を誘えるからね」


謙が『森口支店』に現れたとき、どうにでもなれというくらい気持ちが乱れていた。

頭は離れようとするのに、思いだけが擦り寄ろうとして。

そんな中で、気付くと圭に惹かれていた。

無理に気持ちを切り替えたわけでもないし、身代わりにしたつもりなど、

もちろんない。


「梶本から、何か連絡でもあったのか」

「ないわよ。別れたって言ったでしょ」

「その割には、こだわり続けているだろ」

「……だって」


『忘れたい』わけではないし、『嫌い』なわけでもない。


「私の気持ちは、届かなかったのかもしれないなって……」


謙とよりを戻したいわけではないし、恋をすることに飽きたわけでもない。

ただ、自分の存在が、彼の未来を邪魔することは避けたかった。


「言っただろ、別れはそんなにきれいごとではないんだと」


謙の言葉に、私はグラスの残りを一気に飲み干した。

近くを歩いていたウエイターに、おかわりの声をかける。


「いいのか、酔うぞ」

「平気です。まだまだ……」


赤ワインが注がれ、グラスの中が満たされた。

満たされない思いを封じ込めようと、私はグラスに口をつける。


「ふぅ……」

「……部屋、取るか」


謙のいたずらな目。

私は絶対に酔うものかと、ワイングラスを見続けた。




【20-2】

歌穂は時を振り返りながら、今を見つめることに。
揺れる心の行き先は……
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