20 影に追われる男 【20-2】

【20-2】

「副支店長?」

「あぁ……」


この9月から、副支店長がもう一人『森口支店』に入ってくると言う話は、

初めて聞くものだった。

謙と同じように合併で入ってきた副支店長は、確かにこの3月定年退職した。


「でも、『寺道支店』の副支店長がいるでしょ」

「彼はこの秋に出向が決まっている」

「出向?」


『寺道支店』がいくつかの融資にこげつきを作った責任を、

結局、支店長クラスの3名が責任を取ることになったのだと、謙は説明した。

若いうちに子会社や取引先に出向し、現場の経験を積むということもあるけれど、

肩書きを持ってからの出向は、ほぼ道を外したと言っても過言ではない。

『森口支店』の資料室担当と同じような展開に、私はため息をついた。


「吉野は『成和』の生え抜きだ。期待も大きい。だからこそ、大変だ」

「大変? 何が」

「今はあれこれ語れない。でも、歌穂にもいずれわかるよ」


『東日本』から引き抜かれ、異例の速さでトップに立った謙と、

『成和』から、そこに送り込まれる副支店長。


会計を済ませ駅へと向かう道では、謙は一言も話さないままだった。

どこか息苦しい雰囲気に、自分からその空気を壊したくなる。


「くだらない勢力争いに巻き込むのはやめてよね」

「くだらない……か」

「そうよ。今回のイベントだって結局はそういうことでしょ。
予定になかった『森口支店』がターゲットになったのは、あなたが支店長だから……
違う?」


謙はその通りだと頷き、私の左手を強く握った。

いきなりの出来事に、私はその手を振り払おうとする。

しかし、握り締められた手は、なかなか自由にならない。


「どんなに抵抗してくれてもいい。今、君とこうしていることが、
僕の事実だ……」


『事実』

謙の表情は、どこか疲れているようにさえ思えた。

奥さんとの離婚問題があり、仕事でも合併と統合が立て続けに起きている。

確かに気を休める時間など、ないのだろう。


「暖かいな……歌穂の手は」


さらに握り返そうとした謙の手から、私は自分の手を引き抜いた。

一瞬、グラリとなりかかった心を、ここで立て直す。


「暖かいのは、今の赤ワインで酔った血が、流れているからだと思います。
勝手に勘違いしないほうがいいですよ」


私は少し距離を空け、一度振り返る。

謙は口元をゆるめ、空いた手で携帯を取り出した。





カレンダーは9月に入った。

夏の名残で、まだまだ暑い日が続く中、

謙が言っていたように、『森口支店』に新しい副支店長が現れた。


「吉野岳司(たけし)です……この支店では……」


体格もよさそうな副支店長は、自分の経歴を華々しいものだと、自慢下に語ってくれた。

お客様が待っていると思うロビー担当者は、

時間が大丈夫かとつい時計に目を動かしていく。


「『森口支店』を有働支店長と一緒に、日本一の支店にしようと思います。
どうか、協力をお願いします」


どう考えても無理な目標を堂々と掲げ、

吉野副支店長は、謙が常に見える斜めの席へ、陣取った。

私たち融資の面々は、挨拶だけを聞くと、そのまま2階へ上がる。


「『成和』の期待の星だとさ」

「へぇ……」


それぞれが思いを抱いたまま、席へ戻り、いつもの業務を開始した。





それから3日後、いつものように休憩室で昼食をとる私に、高野さんが近付いた。

何かまた『寺町支店』から来た行員と、揉め事でも起こしたのだろうかと上を向くと、

彼女は嬉しそうに笑っていた。


「どうしたの?」

「はい、今、支店長にご挨拶をしてきました」

「挨拶?」


高野さんは10月いっぱいで、『寿退社』をすることになった。

相手は、以前からお付き合いをしている人らしく、8月の誕生日に指輪をもらったと、

顔を崩しっぱなしになる。


「そう、おめでとう」

「ありがとうございます」


その年はおめでたいことのラッシュだったのか、

『寺町支店』から来ていた行員も一人、同じ時期に退行を決めた。

窓口業務をしていた行員を後方に下げることが決まり、

『TNサポート』で働くパートが3名、窓口業務を担当するために、

別支店から『森口支店』へくることが決まる。

自然と、その流れで信濃さんがまた、銀行に顔を出すようになった。


「おはようございます、信濃です」

「あ……おはようございます」


2階へ顔を出し挨拶だけを済ませ、信濃さんはすぐに支店長室へと向かった。

個人的に謙と連絡を取り、すでにアポイントを取っているのだろうか、

扉を叩く前に、軽く髪型を直している姿は、どこか楽しそうにさえ見えてしまう。

そして信濃さんは扉を叩き、謙がいる部屋の中へ消えていった。




【20-3】

歌穂は時を振り返りながら、今を見つめることに。
揺れる心の行き先は……
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