20 影に追われる男 【20-5】

【20-5】

次の日からも、謙とは職場では普通に顔を合わせた。

高野さんは退行が決まっているので、あとを引き継ぐ後輩へ、あれこれ指導が忙しい。

休憩室でも仕事の話をしている彼女を見たら、

今までで一番熱心なのではないかと思えてしまい、なんだかおかしくなった。





「それでは、高野さんと山辺さんの寿を祝って、乾杯です!」


二人の送別会は、9月の末に行われた。

吉野副支店長は、女性の割合が減っていくといい、

残される井上さんは、少し寂しそうに見えた。

お決まりの挨拶などが全て終了し、若い人たちだけがまた2次会へ向かう。

私はもちろん参加するつもりはなく、そのまま駅の階段へ向かう。

もしかしたら謙が来るのではないかと振り返ったが、その日、彼の姿はなかった。





そして、季節は10月に入った。

大きな工場が退いた跡地に、30軒くらいの建て売り住宅が並び、

住宅メーカーとの交渉で、『東日本成和銀行』がローンの提携先を受けることになる。

平日に、住宅購入者からの書類が並び、その審査とすりあわせで、

融資関係は一気に慌しくなった。


謙との出来事はあったけれど、それ以来、個人的な誘いはなく、

私も仕事に追われて、考えることも少なくなっていた。


「米森さん、こんにちは」

「あ……こんにちは」


信濃さんの訪問は、定期的に続き、

時々、行員たちに差し入れまで持ってきてくれるようになる。


「ありがとうございました」

「いえいえ……」


信濃さんはそういうと、支店長室の扉を叩き、中へと消えた。

私の手元には、小さなお菓子の箱が残される。


「『TNサポート』、支店長の縁で別企業の受け付け業務を、得たらしいよ」

「受け付け業務?」

「うん、来年度へ向かって、派遣先を広げていくのに必死みたいだな」


法人課にいる行員から、信濃さんも営業で大変なのだと聞かされた。

元々、銀行と縁がある企業だと言っても、それに頼りすぎているのでは、

確かに広がりは期待出来ない。


「これ、休憩室におきますね」


私はお菓子の包みをほどき、『TNサポートからいただきました』というメモをつけ、

休憩室の入り口に箱を置いた。





秋にやってきた副支店長は、しばらくおとなしくしていたが、

カレンダーが12月に入る頃から、色々と行内を動き始める。

それと並行するように、合併から動いた組織の中で、

『東日本』と『成和』の勢力争いが、また顔を出し始めた。


謙の『はやぶさ証券』情報をひけらかした粕谷部長は、しぶとく残り、

どうでもいいようなことを指摘しては、支店のあら捜しを続けている。


銀行内部の人員整理は、ほぼ終わりを迎えたと思っていたのに、

あら探しはどんどん範囲を広げ、今まで取引をしていた企業との関連が、

一気にクローズアップされるようになった。

その一つが『TNサポート』となる。


「それじゃ、また下へ?」

「はい。行き先のない役員たちを受け入れる場所のひとつになったそうですよ。
誰がどこに行くとか、行かないとか、
本店では、あれこれパズルのように人事異動だそうです」


私たちのような社員なら、その先のことなど銀行側が考えることはまずないけれど、

それなりの地位を持っていた人たちを、一気に突き落とすわけにはいかないため、

関連会社への出向という形を取り、銀行の一線から退かせる。

もちろん、『東日本成和銀行』には色々な関連会社がある。

行き先は『TNサポート』だけではないのだが、

上司が変われば、企業の方針が変わるのは当たり前だった。


「上が変わると、『TNサポート』も変わるんじゃないですか?」

「でも、『東日本』のテリトリーだったでしょ。上司達に動きがあるのなら、
待遇がよくなりそうだけど」


法人課は、表からは見えない部分で、会社の内情を知ることになる。

私より2つ後輩だけれど、融資担当になって長い宮内さんは、

そうでもないのではと、首を振った。


「『東日本』の人間が、少し力を戻したと言っても、
『排除』に積極的なメンバーですからね。粕谷部長の仲間とも言える人たちは、
『TNサポート』は面倒な存在だと思いますよ」

「面倒?」

「今の取り締まり役をしている有馬さんは、女性じゃないですか。
『東日本』の前頭取の、『これ』だったって噂もありますし……」


『これ』という宮内さんの小指は、愛人だという意味を示している。

いったいどういうことだと思うところもあるけれど、

それは昔から噂になっている話でもあった。


「どう形を変えられるのか、社員達はあたふたしていると思いますよ、実際。
ほら、近頃よく来るじゃないですか、あの人」

「信濃さん?」

「そうそう……『森口支店』が、自分たちの意見をどれくらい取り入れてくれるのか、
そこら辺も見ていると思いますよ。銀行以外の派遣先をお願いしているのも、
『まずい』ってところがあるんでしょ」


パートから正社員になり、

その風向きを同じように気にしながら、上がってきた信濃さんにとっても、

この人事はまた、気持ちを乱すものだったかもしれない。

謙に情報をもらおうとしていたのかと思うと、

なんとなく支店長室へ居座った気持ちも、理解できた。




【20-6】

歌穂は時を振り返りながら、今を見つめることに。
揺れる心の行き先は……
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