21 弱さを知る女 【21-1】

21 弱さを知る女


【21-1】

その日の午後、仕事が終了する少し前に、『TNサポート』の信濃さんが現れた。

新年のご挨拶をされ、私もそれに返礼する。


「これ、書類です」

「はい」


私が上司名の変更された書類を受け取り、いつもどおりの仕事をしていると、

彼女は目の前で、色々と大変だと、愚痴をこぼし始めた。


「羨ましいわ、米森さんが……」

「私……ですか?」

「そう、最後は行員よね。私達はあくまでも関連会社でしょ。
何かがあるとすぐに立場が危なくなる。常に気を張っていないと、置いていかれるわ」

「いえいえ、信濃さんなら大丈夫ですよ」

「あら、そんなことないのよ。3月で『TNサポート』の事務局も引越しなんです。
家賃をもっと低くしろって、上から言われているみたいで。
4月からの予算も、思い切り削られたみたい。
ねぇ、どんどん縮小されてしまって、やりにくいわ。
今のビルなら、家から電車1本だから近くて便利だったのに」

「あぁ……」


こちらは、書類上の細かい数字をチェックしているのに、

信濃さんはお構いなしに話し続ける。

沿線沿いに中古のマンションを購入したから、まだ支払いをしないとならないことも、

右耳につけたイヤリングを気にしながら、付け加えてくれた。

信濃さんのイヤリングには、トルコ石のような水色の宝石がついている。


「大丈夫です、これはこちらで受け取りますね」

「あ、はい、よろしくお願いします」


信濃さんは時計を気にしながら、時々書類に目を向けた。

仕事が終了する時刻を告げるのと同時に、彼女は銀行を出て行き、

私もそれ以外の仕事をする予定がなかったので、バッグに荷物を詰め、

ほとんど定時で銀行を出た。

駅まで歩いていくと、少し前に銀行を出た信濃さんが携帯電話を片手に歩いている。

声をかけて一緒に乗り込むほど親しくもないので、

私は少し距離を置いたまま、電車を待った。

それにしても、彼女は先ほどこちらの沿線ではないと言っていたのに、

新年早々、まだ仕事があるのだろうか。

携帯で話しながら、時計で時間を確認している信濃さんは、

口元がゆるんでいて、なんだか楽しそうに見えた。



つり革につかまり立っていると、車内放送が流れ出した。

少し前の駅で扉に乗客のカバンが挟まってしまい、その処理に時間がかかり、

到着時間が遅れてしまったこと、それをわびている。

だからなのかと思えるくらい、いつもより車内は混んでいた。

車掌は後れを取り戻そうとしているのか、少し速い気がして、

カーブでは思い切り体を倒されそうになる。

隣から男性の手が私の腕をつかみ、倒れそうになった体を引き戻した。


「あ……すみません」


立っていたのは、名前も顔も知らない男性だった。

私のことを知っている人が、引き寄せてくれたのかと一瞬思ったけれど、

そうではなかった。ただの偶然、目の前にいた人を、助けてくれただけ。


「危ない運転ですよね」

「そうですね」


そうだった。私にはもう、守ってくれる人などいない。

電車は大勢の客を乗せたまま、次の駅に到着した。

人が降りて、そして乗ってくる。

ここは、何路線かが集まる乗り換え駅。

何気なく前を見ると、信濃さんが降りていくのが見えた。

知らない場所なのか、乗り換えの掲示を指で確認し、その方向へ体を向ける。

人の流れの中に入った信濃さんは、私の視界から消えていった。


誰かに会うのだろうか。

そう思った私の頭の中には、あの駅を乗り換えに使う、謙の顔が浮かんでいた。





『株式会社 キョウグル』


何がどう動いても、私が関われる話ではないので、黙っていたが、

疑問を持つようになってから、しばらくすると、

明らかに、誰かが資料チェックをしていることがわかるようになる。

私は1月の終わりに『森口支店』で支店長会議が開かれることを知り、

その前に謙へ話をした。


「法人課の担当ではないのに、資料を勝手に取り出している様子が見られます。
カギは……」

「気にしなくていい。誰がどういう目的でしているのか、わかっているから」


誰だという確信はないため、とりあえず謙の耳に入れるつもりだったが、

私の予想以上の状況に、謙は気付いているようだった。

特に慌てる雰囲気もなければ、事実を軽く受け流しているようにしか思えない。


「気付いているって、どういうことですか?」

「君が知る必要はない。また、何か動きがあれば、知らせてくれ」


こういう時の謙は、絶対に意見を曲げない。

私のことを『君』と呼ぶところが、その証拠。


「わかりました、失礼します」


私は結局、何を知ることもないまま、支店長室を出た。



『冬の支店長会議』



10数店の支店長と副支店長が揃い、地域ごとに設定された目標の進み具合を話し合う。

得意分野のあるところは、その方向性を指し示し、

伸びの足りない支店は、応援を頼む場所にもなっていた。



会議自体は問題なく終了し、『森口支店』は平穏な日々を取り戻す。

しかし、秋から入行した吉野副支店長の動きだけが、平穏とはいえないものとなり、

謙が会議などで支店を留守にすると、その行動はより大胆になった。




【21-2】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
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