21 弱さを知る女 【21-3】

【21-3】

正直に言ってくれた課長に、思わず笑ってしまう。


「私に年頃の息子がいたら、どうだろうかと君に聞くところだけどね。
残念だが、うちは娘しかいなくて……」

「課長……」

「米森さんは、優しい目をするようになったよね」



『優しい目』



そうだろうか、もしそうだったとしたら、それは……

この雑誌の中で、懸命に仕事をしている彼のおかげ。



「ありがとうございます」

「いやいや……」


プライベートなことを語るのは、好きではないはずなのに、

誰もいない場所で、相手が熊沢課長だったからなのか、

言葉の一つずつを、素直に受け取ることが出来た。

『かわいくない女』は、少し進歩したのだろうか。


「よし、もう一踏ん張りだ!」

「はい」


私もコーヒーを飲み干し、カップを片付けた。





『TNサポート』

以前は、書類の提出に何度も姿を見せてくれた信濃さんが、突然訪問をしなくなった。

粕谷部長を中心とした人事関係の部署から、

無駄な会社の投資は、極力削るという指示が出ていることもあるため、

もっとこちらの動向に、神経を尖らせるかと思っていたのに、予想を外される。

吉野副支店長の動きも、怪しさを増すばかりだったが、

それに対抗しているのか、謙の動きも、全く見えなくなった。

吉野副支店長が動いていることもわかっているだろうに、

支店を空ける事が、以前より確実に増えている。


「それでは、失礼いたします」

「はい、よろしくお願いします」


週末の午後、私は別企業へ訪問した後、

少しだけ足を伸ばし、そのまま『TNサポート』へ顔を出すことにした。

書類を確認する担当者として、報告されている状況と同じなのかどうか、

行ってみてわかることもあるはず。

信濃さんの話では、3月に引っ越しをするはずで、今の姿を見られるのは、

今回が最後だろう。突然の訪問なので、どうなのかと思っていたが、

事務を担当している女性は、いつもお世話になっていますと嬉しそうに挨拶してくれた。


「いえ、こちらこそ。突然お邪魔しまして」

「いえいえ、どうぞ」


通された場所は、オフィスの一番奥になる、ソファーだった。

さすがに女性を中心とした会社だけあって、インテリアや備品もシンプルだけれど、

きちんとした印象が持てる。デスクの上も整っていて、仕事への意気込みも感じられた。


「お茶、どうぞ」

「あ、すみません」

「来年からの契約も、すでに決まっているとうかがって、ホッとしています」


相手側は、私に対して、何も警戒心はないのだろうが、

『来年度』のことを、当たり前のように出され、正直どう反応していいのか戸惑った。

私はそのことを、まだ上から聞いていない。

それでも、ここであれこれ言い合うわけにはいかず、その場は話を合わせ、

『TNサポート』を出た。



来年度のことも決まっているとは、どういうことだろう。

どこかで別の人間が、『TNサポート』のチェックを終えたということだろうか。

すっかり日も暮れ、夜は冬の寒さが体全体を貫いていく。

考えながら駅に向かって歩いて行くと、向こうから信濃さんが姿を見せた。

私は、こちらを見た気がしたので、頭を下げる。


「あら、米森さん、もしかしたら『TNサポート』へ?」

「はい。別企業の訪問がありまして、近くまで来たものですから」


信濃さんは、自分が相手を出来ずに申し訳ないと話を合わせてくれた。

ふと見ると、右耳のイヤリングが片方取れている。

信濃さんは目立つイヤリングをする人なので、異変にはすぐ気がついた。


「信濃さん、イヤリング片方ないですよ」

「あ……あら、うん……ちょっと」


信濃さんは、どこかで落としたのねと言いながら、耳に触れた。

何かを思い出すのか、口元をゆるめ軽く笑う。


「それでは失礼しますね」

「あ……はい」


私は、それではまたと挨拶をした後、駅に向かって歩き出した。





『森口支店』へ戻る頃には、外は雨に変わっていた。

この気温の低さだと、真夜中には雪に変わるかもしれない。

地下鉄の改札を抜け、地上へ向かう。

『TNサポート』の件は気になったが、すでに熊沢課長は帰宅していて、

法人課には誰もいなかった。明日にでも熊沢課長に聞いてみようと思いながら、

私は自分の荷物を持ち、部屋を閉める。

階段をゆっくり下りていると、謙が上がってくるのが見えた。


「お疲れ様です」

「あぁ……」


謙は私を見たが、すぐに目をそらした。

雨の降り方が強まったのだろうか。謙のコートの肩部分が結構濡れている。

私はバッグからハンカチを取り出し、謙に差し出した。


「肩、濡れてますよ」

「あ……大丈夫だ」


謙はそういうと、右のポケットから自分のハンカチを取り出した。

その時、キラリとしたものが階段に落ちる。


「雨が強くなってきているから、気をつけて」

「……はい」


謙は気付かなかったのか、そのまま支店長室へ向かってしまった。

私は、落としたものを拾い、謙の背中に向かって声をかけようとしたが、

言葉は出なくなる。



拾ったものは、シルバーのイヤリング。

小振りだけれど、小さなパールが埋め込んである。


誰かに渡すものなら、片方だけをそのまま持ち歩くとは思えないし、

電車などでぶつかった女性から落ちたものだとも考えにくい。



いや……

私はこれと同じイヤリングを、今日ある場所で見た。



『TNサポート』の信濃さん。

彼女がしていた片方だけのイヤリングが、これと同じものだった。




【21-4】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
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