21 弱さを知る女 【21-6】

【21-6】

2月も終わりを迎えた。

目の前の雑務に追われ、時間がないこともあり、謙とはそれ以来、

個人的な話をすることもないまま、日付が過ぎていく。


「米森さん」

「はい」

「明日、本店からチェックが入るそうだ」


熊沢課長は、新規ローンの対応に慌しい中でと、頭を抱え書類を確認し始めた。

前回のチェックから、それほど時間も経っていないはずなのに、

『森口支店』をターゲットにする理由があるとすれば、以前から気にしている、

『支店長管理』の件に決まっている。



『株式会社 キョウグル』



あのファイルは、棚からすでに消えていた。

おそらく謙が先に、手を回しているのだろう。

あの日も、粕谷部長に負けるわけにはいかないと、そうハッキリ言っていた。

信濃さんとの時間を持つことになったのも、その一部分。


「おはようございます」


大変そうな熊沢課長と違い、吉野副支店長は、とてもすがすがしい声で挨拶をした。

まるで、明日のチェックが楽しみだと言うような口ぶりに、

仕事が増えた行員たちは、みな顔をしかめてしまう。


「そのままを出せばいいのですから。隠そうとしたり、繕ったりすれば、
それは必ず見つかります。みなさんも、平常業務に集中してください」


吉野副支店長は、今日は有働支店長が本店で会議のため、

一日自分が指示を出しますと宣言し、階段を下りていった。





本店からのメンバーが揃った日、私は少し早めの休憩を取り、休憩室に入った。

支店長室では謙を始めとしたメンバーが顔を揃え、議題にあがったことについて、

それなりの話をしているようだった。

お茶出しを頼まれた井上さんが、支店長室の扉を開き、中へ入っていく。

私はテレビで流れるニュースを見ながら、いつものように食事を進めた。





「女二人の鍋パーティーに、乾杯!」

「乾杯……です」


ここのところ、あれこれありすぎたこともあり、私は『ジュピター』の休みの日、

響子さんを家に招待した。

心を温めようということで鍋を作り、

それにあう美味しいお酒を、響子さんがお土産として持ってきてくれる。

少し辛口の日本酒。

そのノド越しの良さに、私は知らないうちに飲み進めていた。


「『本命が自由になるまで』かぁ……、『愛しの君』は結構、言うんだね」

「そうですね。本人から直接聞いたわけではないので、
実際にはどういうニュアンスだったのかわからないですけれど、
二人が同じようなことを言っていたのだから、
全くのウソということもないのでしょうね」


圭に会いたい……

心からそう思った。

今の私の気持ちを、すべて聞いてもらいたい。

それは、出来ないことだとわかっているけれど。


「世の中には、男と女しかいないのだもの。色々あって当然でしょ。
歌穂さんはこれから、まだまだ『恋』が出来るはず」


長い間、心の奥に居続けてきた人と距離を置き、

そして、私を精一杯受け入れてくれた彼を失い、

それでもまた『新しい恋』に気持ちが向くだろうか。


「人は色々なものを積み重ねて、さらに厚みが増すものよ。
歌穂さんが過ごしてきた日々が、あなたの魅力になって重なっているはず」

「重なりましたかね、魅力」

「あら、重なっているわよ、女はしわやしみだけを増やしているわけではないはず」

「エ……あはは……もう、ヤダ響子さん」

「いつまでも可能性を探しましょう」

「はい」


押しつけず、でも関係ないとも言わず、響子さんとの距離は、私にとって絶妙だった。

グラスを手に持ち、圭からもらった腕時計をじっと見る。



『素敵な時間』



圭からの言葉が、ずっしりと重い。


「『素敵な時間』を送ってほしいと言われても、難しくて」


『素敵な時間』

圭は、どういう時間を想像し、私に時計を贈ってくれたのだろう。

あなたは私を、今、どう思ってくれているのだろう。


「ん? 梶本君はきっと、歌穂さんに自然体でいてほしいと思っているわよ。
自分の家庭のことで、振り回してしまったことを申し訳ないと思っているはず。
だから縛られず、囚われず、あなたの思いのまま……」

「そうですかね」

「そうよ。いつもあなたのことを気にしていたもの、彼は」


お酒が気持ちよく体に染み渡る。

布団にまるまって、起きた朝のカーテンから漏れる光は、

冬とは思えないくらいキラキラとしていた。




【22-1】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
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