22 定めを探る男 【22-6】

【22-6】

カレンダーは7月。

『花火大会』に間に合わせるための椅子作りを、スタートさせた。

今までは、教室に出かけ、先生の指示を聞きながらカットしていたけれど、

今日は図面を確認しながら、全て自分でサイズも測る。

べランダに大き目のビニールシートを敷き、木屑が飛ばないようにしたつもりなのに、

格闘しているうち、そんなことはどうでもよくなってくる。


「うん……これでいいかな」


熱中していると、時間がどれくらい過ぎていたのかもわからなかった。

一息つきながらコーヒーを入れる。

静かに座っていると、隣の部屋からドサドサと荷物の落ちる音がした。

圭の後に越してきた彼とは、引越しの日以来、そういえば顔をあわせていない。

どんな仕事をしているのか、どういう場所に勤めているのか、

それすらも知らなかった。

いや、圭だってそう。最初の2ヶ月は顔をあわせたことがなかった。

『東日本』と『成和』が合併され、『森口支店』に配属されたからこそ、

隣に住んでいることを知り、素敵な人だということも知ることが出来た。


めぐり合わせとは、本当におもしろいものだとそう思う。

横に置いた説明書を手がけてくれた先生にも、『DIY』がなければ、

会うことなどなかっただろう。

目の前の川沿いを歩く人たち、遠くを走る電車に乗る人たち、

そして、私がまだ踏み入れてもいない土地に住む人たち、

それぞれが、それぞれの日々を過ごしている。

『素敵な時間』を送るために……


「うん、もうひと踏ん張り」


仕事がない週末を使った椅子は、『花火大会』の1週前になんとか形になった。





「出来たの? 椅子」

「出来ました。思っていたよりも大変でした。今までは小さなものを作っていたので、
バランスを合わせるのも一苦労で」

「でも充実していたって、顔に書いてあるけど」

「ありますか?」


私は椅子が完成したことを響子さんに話すため、『ジュピター』へ向かった。

近頃は、よく会うお客様もいて、軽く挨拶を交わす。


「いよいよね、『花火大会』」

「はい」


圭があのマンションを去ってから、2度目の花火大会。

仕事をしながら、思い出してくれることはあるだろうか。

そんなことを考えていると、ポケットに入れた携帯電話が揺れた。

メールの印がついている。



『どうしても話がしたい。明日『TWIN HOTEL』の店で、会ってくれ』



謙からのメールはそれだけだった。

『TWIN HOTEL』の店とは、あの『創作中華』を出す店のことだろう。


「どうしたの?」

「あ……いえ、ちょっとメールが」

「メール?」

「はい」


話の内容は、粕谷部長が動いていることを知っての、裏返しだろうか。

粕谷部長のように、謙も何か私に……


「難しそうなこと?」

「……いえ、大丈夫です」



『色々とあるのはわかりますが、全て私には関係のないことです』



勢力争いも、派閥も関係ない。

私は、私の道を進むだけ。

携帯をポケットにしまい、カップを持つと、立ち上る湯気の中に香りを感じながら、

コーヒーを味わった。





部屋に戻り、携帯をあらためて開いてみると、

謙から、さらにメールが入っていた。



『全てを話す。歌穂には知ってもらいたい』



『全て』

この言葉が、私の気持ちを大きく揺らした。

謙から『全て』を聞けることなど、今まで一度もなかった。

何を考えているのか、どうするつもりなのか、私は彼の心の奥底が見えないまま、

長い間戸惑ってきた。本音を見せない彼が、語る『全て』とはどういうことなのか、

関係ないと思いつつも、それを知りたくなる。

粕谷部長との争いに、巻き込まれたくはなかったが、

それ以上に『全て』の言葉が、私を揺さぶり続ける。



『本当に『全て』を語ってくれるのなら、会います』



私がそう返信をすると、向こうで待っていたのか、謙からすぐにメールが戻る。



『全てを話すよ』



私は携帯の文字を確認し、そして画面を閉じた。




【23-1】

歌穂の見つけた『素敵な時間』
部品を組み立てるように、過去の出来事が組み立てられていき……
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