23 星に願う女 【23-3】

【23-3】

食事が終了に近くなり、ワインのおかわりを聞かれた私は、結構ですと首を振った。

酔って帰りたい気分ではない。


「歌穂、もう一つ話がある」

「もう一つ?」

「あぁ……」


もう一つの話とは、圭のことだった。

粕谷部長の策にはまった私たちが、隠されたカメラで写真を撮られた後、

その写真のおかげで、圭に誤解をされてしまうことになった。

その後、圭は謙のところに向かったことがある。


「あの時、何を話したのかと君に聞かれた、覚えている?」

「覚えているわよ。写真のことをきちんと説明して欲しいとお願いした時でしょ」

「そうだ。あの時、写真のことは誤解だと言うことと、
僕が君とやり直したいと考えていることと、それから……
実はもう一つ、話したことがあった」



もうひとつの話



それは初めて聞かされる。


「梶本は、君に『2年、待っていて欲しい』と告げるつもりだと、僕にそう言った。
僕との過去も知った上で、それでもと」


圭が、『待っていて欲しい』と言うつもりだったなんて、

私は知らなかった。


「その言葉を聞いて、僕は自分の仕事がどうなるのかわからない状況で、
6つも年上の歌穂を縛り付けるのは、あまりにも無責任ではないかとそう言った」

「縛り付ける?」

「あぁ……。『Rioni』は確かに、世界的に有名なブランドかもしれないが、
『モデル』という仕事が、その先まで続くのかどうなのかわからないだろ。
自分が選ぶ仕事で、歌穂を支えていける自信があるのかと、そう言った」


社会的地位を持ち、自分の出世を思うように得てきた謙と、

まだ、その実績がなく、積み上げていく段階の圭。

確かに、気持ちは揺れただろう。


「『銀行』という安定企業を選んだ歌穂は、
今、この瞬間には君に思いが向いていても、
心の奥底には、きっと僕に対する思いがあるはずだと、そう言った。
だから、梶本がいなくなれば、歌穂はきっと僕を選ぶ……って」



心の奥底にある思い……



謙に対する思いが、確かにあったことは否定できない。

それが男女の思いなのか、上司への信頼なのか、

それとも父への気持ちをすり替えたものだったのか、とらえきれないけれど。


「梶本もそれは認めていた。どこまでの感情なのかはわからないけれど、
何かはあるでしょうねと」


圭が言っていた言葉は、こういうことだった。

鴫原有紀から聞いたセリフとは少し違うけれど、でも、

私の気持ちが、奥底で揺れていたことに、気付いていた。


「それなら、『待っていてくれ』なんていう言葉は、
使わないようにしろと、歌穂の自由を奪わないでほしいとそう言った。
梶本が戻ってくることがあったとき、本当に君を思うのなら、
歌穂は君のところへ行くだろうし、僕のところに気持ちがあれば、
その時にはそこに落ち着いているはずだと」


私が誰を愛しているのか……

それに気付かなければならないのは、私自身。


「別れを選択するというのは……何も残さないことだと、そう思う」


静かな空間に、静かな時間がしっかりと刻み込まれていく。

『全て』とは、色々な意味での『全て』だったと思え、

ここへ来て話を聞けてよかったと、あらためて考える。


「初めてだな」

「何?」

「僕がここまで必死に話すのは」


謙の言葉に、私も自然と笑顔になった。

初めて、彼の心の中を知ることが出来た満足感に、胸がいっぱいになる。

互いに口に入れるものがなくなってからも、しばらく黙り続けていたが、

圭の腕時計が次の時刻を指し示し、私は立ち上がろうとする。


「歌穂、これを……」

「いらない」

「ここで全てを話した意味を、君自身が考えてくれ」


謙の表情は真剣なものだった。

私は差し出された『ICレコーダー』を、仕方なく受けとることになる。



会計を終えて外へ出ると、涼しい夜風が頬をかすめ、

遠くから電車の走る音が、聞こえてきた。


「ここまで語っているのは、まだ、僕が君を諦めていない証拠だ」


今まで、決して自分の心を見せてくれなかった人が、

初めて語ってくれたという事実。


「それじゃ、おやすみ……」

「おやすみなさい」


背を向けて歩いていく謙の後姿が、どこか小さく見えてしまう。

出会ってから、今までの中で、そんなことは初めてだった。

仕事でもプライベートでも、いつも強気な人、それが謙だった。

とりあえず受け取らされた『ICレコーダー』は、カバンの奥底にある。

私は腕時計で時間を確認すると、電車のホームへ歩き出した。




【23-4】

知っていくほどに、結局あなたに会いたくて……
歌穂が見上げた空には、一瞬の星が瞬く
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント