24 一人の女と二人の男 【24-3】

【24-3】

これはあなたに渡されたものです。過去には戻れません。

粕谷部長によって、『ICレコーダー』のスイッチが押され、

中に入っている声が、支店長室に流れていく。



『あ……歌穂、元気?』



声の主は、銀行を辞め、別の企業に勤めている以前の行員仲間、林原美保子。

私が、東日本時代のことを聞きたいのだけれどと問いかけると、

彼女は、結婚式同様、『粕谷部長』のことを思い出すと、笑い出す。



『私にとっての『東日本』は、あの事件が全てでしょ』



「な……なんだ、これは」

「最後まで聞いてください。私は『東日本銀行』当時のことを聞きました」


お酒の席につくと、すぐに人の太ももを撫で回すように触ってきたこと、

メールでしつこく仕事以外の時間に誘われたこと、

奥さんのことを言うと、君さえよければすぐにでも別れると言ったことなど、

彼女は思い出話を楽しそうに語り続けた。


『今でもまだ、メールも留守電も残してあるのよね。
将来、あの人が偉くなったら、会社にでも送りつけて、脅かしてやろうかな』


録音は5分ほどで、プツリと切れる。


「すみません、私が『東日本』当時のことを知りえたのは、これくらい……」

「米森!」


粕谷部長はその場で立ち上がり、こんなふざけた録音をするとはと、

怒りの声をあげた。美保子が言っていることは全てでたらめて、何もないのだと、

ただ自分の潔白を、声高に訴える。

そこに電話が鳴り響き、謙が受話器を上げた。


「はい……はい、今、こちらにいらっしゃいますが」


電話は、本店からで、謙は粕谷部長に、受話器を渡した。

粕谷部長は怒りの目を私に向けたまま、受話器を握る。


「はい、粕谷です……」





粕谷部長が、憔悴しきった顔で『森口支店』を出て行ったのは、

それから10分後のことだった。





本店から粕谷部長にかかってきた電話の中身はわからなかったが、

彼は慌てて出て行った。吉野副支店長は何をどうすればいいのかもわからず、

資料を残したまま、粕谷部長を追いかける。

支店長室には、私と謙の二人きりになった。


「全く、歌穂のすることはわからないよ」


謙は、テーブルに置いた『ICレコーダー』をつかむと、すぐにポケットに入れた。

一瞬でも、驚いてくれたのなら、大正解。


「資料として提出していいと言ったのは、あなたでしょ」

「あぁ……そう言った」

「内心、絶対に出さないと思いながら……違う?」


謙は私の言葉に、口元をゆるめる。

そして、今かかってきた電話が、粕谷部長の息の根を止めたのだと、そう言い切った。


「息の根?」

「あぁ……粕谷は出向が決まった。本店ではなくて、取引会社の一つ、『瀬尾電工』」

「『瀬尾電工』? 何をするの」

「さぁ、おそらく金庫番くらいだろう」


謙はそういうと、一度大きく背伸びをした。

本店に構える上の連中は、粕谷部長より、謙の将来を取ったのだ。


「やっと上が動いてくれたよ。まぁ、今日かけてくれることはわかっていたけれど、
あの場であの録音を聞かされてからでは、少しバツが悪いなと思っていた。
まさか君がこう来るとはね……」


謙は、しっかりと根回しをしていた。

予想通り、絶対に転んでもただでは起きない。


「少しは焦った?」

「あぁ……何をする気だとそう思った」

「本当は、あの録音を聞かせてやりたい気もしたけれど、
でも、聞かせるのなら、粕谷部長ではないと思って」

「どういう意味?」


私はテーブルに残されていた青木さんの資料を持ち、

それを謙の前に押し出した。

当時、自分のために、真面目に仕事をしてきた人たちを、

踏み台にしたことは変わらない。


「圭に言われたの」

「……梶本に?」

「この銀行に残って、いい上司になるのはどっちなのかって」


私は、『竹原川花火大会』の日に、

事務所と契約先から許された圭が戻ってきてくれたこと、

そこでこの話をしたことを、隠さずに告げた。

謙は黙って聞き続ける。


「あなたが積み重ねてきたことを、あれこれ今更言うつもりはないわ。
その当時、近くにいて、努力する姿も見てきたつもりだし。
世の中、きれいごとばかりで生きていけないことも、わかっているつもり。
でも……精一杯やって、とことん出世した時には、
そんな生き方が出来ない人たちの思いも、気付く人になって欲しい」


『不器用に、真っ正直』に生きることしか出来ない人たちのことも、

わかってあげて欲しい。

それが私の言いたかったこと。


「あなたが、そんな優しさを持てる人になったとき、
きっと、『あなたの安らぎ』になる人も、見つかるはずだから」




私はなれないけれど……見つかるはず。

あなた自身は、とても魅力のある人なのだから……




「これ以上、話がないのなら失礼します」

「歌穂」

「何?」


出向が決まるとはいえ、人事部の中にいる粕谷部長にこんな失礼なことをすれば、

そのままで済むはずはない。

自分の出世を邪魔されたと、吉野副支店長も、それなりに動くだろう。

米森さんは、何をするかわからない。そう思われたはず。

それでも、私は自分の行いに、後悔はない。


「……僕なりに」

「大丈夫ですから、気にしないでください。私、今、晴れ晴れとした気分なので」


そう、それはウソでもない本音。

出世レースにも、合併のいざこざにも、私は加担しない。


「失礼します」


以前のような挑戦的なセリフも、人の気持ちを探るような言葉も、

謙からは、何も出なかった。





さよなら……





心の中で、過去にも現在にも、そんな気持ちが湧き上がった。




【24-4】

歌穂の見つけた幸せの空は、曇りも晴れも雨もあり
たどりついた『恋』のお話は、まだまだこれからも続く……
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