1 白い子犬 【1-2】

【1-2】

「うわぁ……うまそうだな、歩。いつもお前の弁当は」

「いいですよ栗丘さん、食べてください」

「いいよ、いいよ。食べたらその味を褒めたくなるだろ。もう懲りたんだ」

「懲りた?」

「栗丘さんさぁ、前にお前のおばあちゃんの弁当を褒めたんだって。
そうしたら次の日から、奥さんが3日間口を聞いてくれなかったんだと」

「3日間? どうして」

「女ってのは恐ろしいものだぞ。その時は、そうよね、そうよねって言っておいて。
実際には、自分が一番だと思っているんだ。俺が別の人間を褒めたのが気に入らない。
女のプライドってものはな、歩。傷つけると車以上に治すのが大変だ」

「……あはは」

「どうしてそこで笑うんだ、俊祐」

「いやいや、強面の栗丘さんの弱点が、あのかわいらしい奥さんかと思うと、
笑えるじゃないですか……あ、いて!」


栗丘さんは、テーブルの上においてあったペンチで、赤石さんの頭を軽く叩く。


「それで叩きますか? 普通。俺、死にますよ」

「バカ言え、そんなもの加減くらいわかってるわ」

「お茶、入れてきます」


先輩でもあり、兄でもあるような栗丘さんと、赤石さん。

うちの昼食休みは毎日、こんな状態だった。





仕事はよほどの急ぎ修理でもない限り、残業はしない。

それが社長の決め事になっている。

人間の集中力と言うものは、そう長く続かないからだそうだ。

汚れた作業服は、全て工場に残し洗ってもらう。

僕らはシャワーを浴びて、さっぱりした服に着替えると、そこで初めて退社となる。


「それでは、お先に失礼します」

「おぉ」

「あ、待って歩」

「はい」


奥さんは僕を呼び止め、何やら箱を取り出すと、中身を袋に詰め始めた。

どこかからいただいた高級な最中だと説明してくれる。


「りつさん、最中大好物なの。毎日1つずつお茶受けにどうぞって、ね!」

「すみません、いつも……」

「いいの、いいの」


ビニール袋を遠慮なく受け取り、背負ってきたリュックに入れた。

ヘルメットを被り、カギを入れると、エンジンをふかす。


「失礼します」


見送ってくれた奥さんにもう一度頭を下げた後、

ヘルメットのカバーを顔の前にかけた。





信号が一つ上手くいくと、タイミングがいいのか、どんどん前に進める。

あとひとつ越えたらアパートが見えるという場所で、初めて赤信号に当たった。

左足を地面につけ、軽く肩を動かす。

すると、茂みの奥の方で、何やら鳴き声がした。

視線を向けてみるが、暗くてよくわからない。


「ん?」


白い小さなものが動いたことがわかり、信号が青に変わったけれど、

逆に僕は動けなかった。目で追っていると、その白いものが『子犬』だとわかる。


「あ……危ない」


危険など何もわからない赤ん坊は、音の方へ出ようとしていたのか、

ダンボールをよじ登り、茂みの中に背中から落ちた。

おぼつかない足取りで、道路の方に向かってくる。


「ダメだって、お前、轢かれるぞ」


僕はバイクを道の端に止め、その犬を抱き上げた。

まだ本当に小さく、キラキラと輝く目は好奇心いっぱいに見える。

こんなのが道路に出たら、すぐに跳ねられて終わりだろう。

茂みの中にあるダンボールには、乾いたエサが少しだけ入っていた。

たったこれだけのエサで、どれだけこの犬が生きていけると思っているのだろうか。


「お前、捨て犬か……」


そう、この犬は捨て犬。

捨てた人間は、『この先』など考えもしないから、ここに置き去りに出来たのだ。

僕の体温が心地よかったのだろう。

子犬は、すがるように体を寄せてくる。


「うーん……」


僕はとりあえず、行くあてのない子犬を連れて帰ることにした。





「あらまぁ、子犬じゃないの」

「ごめんな、ばあちゃん。アパートがダメなのはわかっているんだけどさ、
今日だけ……」

「今日だけって、で、どうするつもりだい、歩」

「明日、工場に連れて行って考えるわ。
お客さんの中に飼ってくれる人がいるかもしれないし」

「そんなにうまく見つかるかね」

「わからないけれど、あのままあの場所に置いてこられなかった。
こいつ、ダンボールの中にじっとなんてしていないしさ、あれじゃきっと、車に……」



僕の両親が亡くなったように、

この子犬も、一瞬で命を奪われてしまう。



「それにしても、ふわふわした真っ白な犬だね……」

「あぁ、毛も柔らかくて風貌はかわいいから、
興味を持ってくれる人がいると思うのだけどね」


その夜は、子犬が寂しがって夜鳴きをしないように、

僕が布団に入れながら、ずっとそばに寄り添った。



【1-3】

『半田自動車整備』の朝は、準備体操から……
歩のお話は、ここからがスタートです。
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