2 幸せの一歩 【2-6】

【2-6】

「歩、愛美さんから言われなかったかい?」

「ん?」


どういうことなのか、聞かなくてもわかることだ。

祖母が話そうとしているのは、昨日、奥さんから聞いた見合いのことだろう。


「あぁ……うん、昨日聞かれたよ。でも、断った」

「そう」


祖母の反応はどちらだろう。やはりそうだと思ったのか、

僕に早く落ち着いてほしいと願っているだろうか。

普段、あまりそういう話しをしたことはないけれど。


「ばあちゃん……」

「何?」

「あのさ、こうして一緒に暮らしていることは、大変?」

「歩……」

「色々と頼っていて、申し訳ないとは思うけれど、今はまだ、結婚は考えていない」


いずれは、結婚して落ち着きたいと思うけれど、

まだ……





あの出来事を繰り返そうという、勇気は出ない。





『あなたはうちの娘に、介護をさせるつもりなの?』




ちふみの母親からそう言われたとき、何も言い返せなかった。

祖母の生活を見続けることが僕には当たり前のことでも、

相手にはそうならないこともある。

結婚は、思い切りだと言う人もいるけれど、それは簡単なようで難しい。


「正直言えばね、歩には早く結婚してほしいなと思うよ」

「……うん」

「でも、それはこうしていることが辛いとか、嫌だとかではないんだよ。
歩は……」


祖母の箸が止まり、そばにあった急須でお茶を入れる。


「歩には、亡くなった親の分まで幸せになってほしいから。
ばあちゃん、何でもしてやりたい」



『親の分』



永遠の別れになるなどとは思わず、僕はあの日、両親に送り出された。

父親には、宿題を済ませたのかと尋ねられ、

母親にはポケットにハンカチが入っているのかと、玄関で言われた。

中学生という、無神経すぎるくらいの反抗期。

口うるさいことに文句を言い、

『はい』とも『わかりました』とも言えないような、返事だけを残し、

僕は先に家を出た。



あれが最後の会話だと知っていたら、

『わかっている、大丈夫だ。きちんとやっていける』と、そう言いたかった。

存在をうるさいと感じていた時もあるけれど、決して嫌っていたわけではない。

むしろ、口に出さないだけで、日々、感謝をし続けていた。

母は、僕が起きると、必ず朝食を用意してくれていたし、

父は、無口だったけれど、男としての見本を見せてくれていた。



それなのに、僕は親孝行なんてことがまるっきり出来ないまま、二人を失った。



「幸せになんて言うなよ。僕は十分だから」


そう、育ててもらって、こうして世話をしてもらって、

親に触れてもらった時間を、もうすぐ祖母との時間が越えてしまうだろう。


「うん……」

「いいよね、お断りして」

「歩がまだいいと言うのなら、それでいいよ」


祖母はまた箸を持つと、美味しそうにご飯を口に入れた。





「そう」

「すみません、せっかく声をかけていただいたのに」

「いやいや、いいのよ。こういうことは本人の気持ちがなによりも大事だって、
昨日もあれから、晴美に説教されっぱなしよ」

「晴美さん、泊まったのですか?」

「ううん。親にあれこれダメだしだけして、さっさと帰ったわ」

「そうですか」


そんなこんなで、僕の見合い話は、空中分解という形で、終わってしまった。

とりあえずほっとした。


「歩、あとどれくらいかかる」

「あと……5分ください」

「OK!」


『車検』の車が6台。

その中の1台は、『MORINAKA』の営業車だ。

本来なら、会社の人間が受け取りに来るのだけれど、

今回だけはこちら側が納車する条件になっていた。


「おい、メシの時間だけれど、最後までやってからだからな」

「はい」

「了解っす」


車の点検は、相手の命に関わってくる。

僕の両親のように、予期せぬ出来事で、一生を終えてしまう人もいるのだ。

手を抜いたり、見過ごしたりするわけにはいかない。

こうして細かい点検が、先に起こる事故を一つでも減らせたらいいと願いながら、

汚れている部品を丁寧に拭いていく。

集中力を要する仕事なだけに、区切りがいいところで、休憩や昼食を取るのが、

当たり前になっていた。



【3-1】

小さな白い犬がもたらせた出会い……
歩の周りで、少しずつ風が動き始める予感。
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