【S&B】 24 恋の感覚

      24 恋の感覚



次の日、僕は原田と『プロック製薬』の件で、系列の総合病院へ向かった。担当者と話を済ませ、

廊下に出るとマナーモードにしていた携帯が揺れる。母からのメールが届き、三田村が店に訪れ、

世間話をしながら、簡単な面接を済ませたと書いてあった。


少し強引に話を進めてしまった手前、気になっていたが、すぐに面接へ向かったことが彼女らしく、

再出発の役に立てたことは、傷つけた失敗を取り消せたようでほっとする。


いや……彼女とのつながりを保てたことに、ほっとした。


「主任、何かおかしいんですか?」

「ん? いや」

「なんだか、嬉しそうです」


原田はそう言いながら僕の方を向いた。女性は鋭い。あれこれ勘ぐられないようにしないと、

後が面倒だ。僕は午後から会議だとすぐに表情を戻し、原田の少し前を歩き息を吐く。


受付の前を通り過ぎると、診察を済ませた若いカップルが立っていた。

女性の腕にはまだ産まれたばかりの赤ちゃんが大事そうに抱かれ、ご主人に見えた男性は、

退院するのか荷物を持っている。


兄は、大学を出てすぐに同級生と結婚し、今は神戸に住んでいる。そう言えば、結婚8年にして

初めて子供が出来たと、メールをもらった。そろそろ甥か姪が産まれてもいい頃だったはずで、

その嬉しそうに赤ちゃんの顔をのぞき込む男性を、兄に置き換えてみる。


「あんなに小さいものか、新生児は……」

「あ、そうですよ、主任」


原田は幸せそうに歩いている女性の方を見ながら、そう答えた。


「いいなぁ……幸せそう……」

「あぁ……」


年頃の女性なら、みんな憧れる光景なのだろう。僕はそう答え、奥にある階段へ向かう。

下から上がってくる小さな子供がいたので、少し端へよけてやる。


「……琴子さん、診察室へどうぞ」


岸本琴子……。呼ばれた人の名前が琴子のような気がして、一瞬足が止まる。原田を交わし、

診察室への入り口を確認したが、姿は確認できなかった。


「どうしました?」

「いや、知り合いの名前に聞こえたから、ちょっとな……」


琴子の仕事場も寮の住所も知っているが、東京タワーを中心にすれば真逆の方向になる。

その場所からわざわざここへ診察にくるなんて効率の悪いことを、あのしっかり者がするだろうか。


「ここって産婦人科だよな」

「そうですよ」


どんな人間が入ったのか中をのぞくわけにもいかず、結局、何も解決しないもやもやした

気持ちのまま、僕は病院を後にした。





「は? 妊娠?」

「あぁ……琴子、妊娠してるってことないか?」


その日の夜、仕事から戻った悟に昼間のことを話した。悟はビールを片手に聞きながら、

最後には思い切り笑い出す。


「それ人違いだろ、琴子が臨海総合病院へ行くはずないじゃないか。あいつの仕事場からも、
寮からも遠いし、前に盲腸で入院したのだって、隣駅の病院だったぞ。わざわざ……」

「そうだよな、ただ、琴子って名前がそんなにいないんじゃないかと思ったからさ」


悟が飲んでいたビールを一口もらい、僕はまたソファーに寄りかかる。考えてみたら、

あの病院が特に産婦人科の名医だとか聞いたこともないし、状況からすれば間違いだと思う方が

正しいはずだ。余計なことを言ってしまったかも知れないと思い、悟の表情を確かめる。


「でも、もし赤ちゃん出来てるなら、俺、それでもいいな……」

「ん?」


ビールの缶を左手に持ったまま、悟はなにやらにやけて笑い出した。人違いだと言いながら、

まんざらでもなさそうだ。


「俺さぁ、子供あんまり好きじゃなかったんだ。でもこの間、琴子と出かけた時、
たまたま来ていた保育園の子が、なんだか間違えたんだろうけど、俺の手を握ってくれて……」


僕はソファーに寄りかかった状態のまま、顔だけ悟の方を向く。こいつはすっかり、

空想の世界を彷徨っているように見える。


「その小さな手の、結構強い力が、なんだか愛しくて……思わず、琴子に子供産んでって言ったんだ」

「ほぉ……」


どんな光景だったのかが、なんとなく目の前に浮かび、自然にこっちの顔もにやけていく。


「バカ! って怒られたけどな」

「お前の言い方が悪いんだよ。ちゃんと言ってやれよ、プロポーズくらい……そっちが先だろ」


悟は笑いながら何度も頷き、残ったビールをグッと飲み干した。


「そうだな、ビシッと言わないとな……言ったら泣くよな琴子。あいつ、涙もろいんだ……」

「あぁ……」


僕の視線は天井に向き、琴子の泣き顔を確かに連想した。いや、悟の方が、人目も気にせずに、

大声で泣く姿が浮かんでくる。


「祐作! 俺がここからいなくなっても泣くなよ……」

「泣くか、バカ!」


のんきな男二人は、幸せの姿を想像し、酒のつまみにしながらその夜を終えた。





ぺこすけ宛に送った質問の答が届いたのは、3日後のことだった。

一緒にバウムクーヘンを食べたのが彼氏なのかという、僕からの問いかけに、素直な返事を寄こす。


      >だったら嬉しいんだけど、違うの
       私なんか、とても釣り合う人じゃないのに、
       また会えるかもと思うと、ドキドキする


私なんか……。いつも自分のことをそう表現する言葉が気になり、僕はまた返事をした。


      >そんなに、自分を小さく見る必要なんてないよ
       あなたには、あなたの良さがあるはず
       もっと自信を持とうよ


そうなのだ。人を思いやり、人の傷に気付ける君は、自分が思っている以上にいろいろな魅力がある。

少なくても今僕は、誰のことよりも、君のことが知りたい。そんな気持ちを、

なんてことない返信に込める。


      >ありがとう、チーズさん
       そう言ってもらえると、元気が出るね


こんな励ましが、少しでも三田村の自信に繋がればと、僕はしばらくチーズになりきることにした。

久しぶりに思い出した『恋』の感覚を、育てるために……。





季節が7月に入り、熱い夏の太陽が空の上に輝く日の午後、第一営業部に三田村がやってきた。

久しぶりに会う彼女に、濱尾や守口が話しかけ、原田や今野も笑顔を見せる。


「じゃぁ、再就職決めたんだ」

「はい、小さな雑貨店なんですけど、私にはあっているみたいです」

「へぇ……」


濱尾の後ろで話を聞く僕と、三田村の視線が一瞬重なった。彼女は軽く笑みを見せ、

すぐに鮎川に頭を下げる。その時、三田村がいなくなることが寂しいと言う大橋の横で立っていた

僕の携帯が鳴った。三田村を囲む輪から少し外れ、受話器を開ける。


「はい、青山です」

「青山ちゃん、ねぇ、まだ会社?」


それは『かいづか』の会長からだった。雑誌の広告スペースが取れたことの打ち合わせに、

今日午後4時過ぎ、本社へ向かうことになっていたが、先に情報をつかんだ会長からの催促に、

スパイ並の情報網を感じ、気持ちに芯が入る。


「エ……注文センターにいらっしゃるんですか? もちろんそちらでもいいですけど、
会長、4時過ぎじゃないととおっしゃってましたよね」


業界大手の『かいづか』には、品質管理と顧客管理の面から、注文センターという工場兼倉庫がある。

今日は役所から管理担当者のチェックがあったが、ノロノロしているので、今追い返すところだと、

会長は言いにくいことをハッキリ言った。僕も結構強気な方だが、この人の豪快さには、

いつも圧倒される。すぐに出ますとそば屋の出前のように返事をし、電話を切った。


書類を手に持ち、営業部から階段を下りていくと、会社の目の前にこの辺では見かけない

黄色い車が止まっていた。ハザードランプが光るエンジンがかかった状態の車の中から、

扉を開け誰かが下り、僕が何気なくそちらを向くと目があった。


「青山さん、乗って!」

「は?」


目の前に現れたのは、サングラスをかけた京佳さんだった。





25 奇妙なドライブ へ……




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コメント

非公開コメント

うわー

此処で京佳さんがでてくるとは・・・・v-12ただのお迎えならいいけどv-448
望(今回から三田村さんをこう呼びます、って宣言するほどのこともの無いんだけど(;^_^A )
のことを恋の対象と意識し始めたとこなのに・・・・

赤ちゃんかv-23 琴子ちゃんはわざと遠い病院を選んだと思う。
知られたく無いために、悟の気持ちが見えないから。v-388

がおー!

yonyonさん、こんばんは!
いつも、ありがとうございます。


>此処で京佳さんがでてくるとは・・・・ただのお迎えならいいけど

ねぇ、なんでしょうか。
小さなエピソードの重なりが、大きなエピソードへ……なのです。

琴子たちにもね、これからちょっとあるんですよね。v-439
それより先に、祐作! このまま誘拐されるのか?v-448

で、次回へ続く

ざわざわ。。

三田村さんはお店に行ったのね。
この事でこれから祐作との繋がりが強まるのかな?って
思ったら、行動が読めない京佳さんが出てきてv-39
何が起こるの~~v-12

琴子ちゃんもどうしたのかな?
心の中に何かを抱えて
悟くんには言えないことが?

更にお話は続きますv-22ですよねv-221


おっと

このまま一気にLoveに突入と思いきや、いろいろ伏兵・複線が@@
ゆっくり、ゆっくり... だね(*´艸`*)ε3。゚ε3

また来る~v-222

そわそわ

beayj15さん、こんばんは!


>三田村さんはお店に行ったのね。
 この事でこれから祐作との繋がりが強まるのかな?って 思ったら、行動が読めない京佳さんが出てきて

はい、望は祐作の母の店へ行きました。
そうそう、近づいたからこそ見えるものが出てくるんですよ。
京佳さんは……はてさて、どうなるのか次回を見て下さい。v-410

琴子のことは、これからちょっとした出来事になります。
もちろん、悟が頑張らないとね。v-91

はい、話はさらにさらに、続きます!v-222

おっとっと

midori♪さん、こんばんは!

お返事が遅れてすみません。ちょっと昨日はあれこれありまして(笑)
そうそう、一気にloveモードには入らないのですよ。
また、お暇な時に来てね!

さらに、さらに

拍手コメントさん、こんばんは

>一気に4話読みました。
 三田村さんとの繋がりがもてて、読んでるこちらも安心しました。

望の事情を少しずつ知り、祐作の気持ちも動いていきます。
さらに、さらに……と話は進みますが、
PC画面を見るのは、本当に目が疲れますので、
無理のないように。

とにかく、私のブログは、数だけやたらに多いので……

創作は消えませんので、大丈夫ですよ。