4 土曜の出来事 【4-2】

【4-2】

「この運動会の結果でさ、もらえる予算が変わるだろ。みんな必死なんだよ。
ほら、盆踊り。あのビールの本数が変わるし、予算がなければ発泡酒ばかりになる。
なぁ、頼むよ、歩」

「いや……そう言われても」


僕と祖母が住むアパートは、この運動会がある地域からは少し外れている。

そちらにも別で運動会が組まれているのだろうが、参加したことなどなかった。

いくら、知り合いのピンチだからと言って、地域に関係のない人間が走るのは、

問題があるだろう。


「僕の家は、この地域では……」

「わかっている! だからこそ、奥さんに昨日、問い合わせてもらったんだ」


栗丘さんは、同じ地域になる社長の奥さんに、

婦人会を通じて、僕の参加がどうなのか、先に調べてもらったという。


「そうしたら、お前がこの工場に勤めているということで、無関係ではないから、
参加を認めてもらえた。どうだ、すばらしいだろ」

「いや、すばらしいというか……」

「走ってやりなよ、歩」


話を聞いていた奥さんが、また身勝手に参加を要請する。


「そうは言っても」

「歩なら大丈夫だって。スーパーの木村君よりよっぽど速いもの。
いやぁ、今までどうして気づかなかったのかね。
最初から歩に任せておけばよかったのよ」

「ですよね、俺もそう思いました」

「いや……それは」


『盆踊りの特別予算』が絡む運動会。

栗丘さんは『連覇』、奥さんは『婦人会の予算』という別の感情が合体して、

思いは一点に集中する。


「明日は、椎名さんの車が来ますよ」

「わかっているよ。だから、リレーの時間を計算して自転車でグラウンドに向かって、
走って戻って修理だ」


大人リレーは、午後最後の競技。それでその年の優勝が決まる。

椎名さんの車が来る予定は1時。車が到着した後、事務手続きだけ済ませ、

とりあえず走ってくれば、あとはゆっくり直しに取り組めると栗丘さんは判断した。


「傷の応急処置は済んでいるから、後は、部品の取り替えだろ。
一から見ていくわけではないし……なぁ、どうだろうか、歩」


栗丘さんと奥さんが、僕に目一杯期待している目を向ける。

これを断って、事なきを得る人がいるのなら、その方法を伝授してもらいたい。


「負けても知りませんからね」


結局、僕はスーパーの木村さんの代理を務めることが決定した。





雨でも降れば、予定が来週に伸びたのだろうが、神様はそう天気を動かしてはくれず、

僕は運動会に特別参加することになった。

作業の途中と言うこともあるし、栗丘さんがうちの工場の宣伝にもなるからと、

僕らは作業着のままグラウンドに向かい、走ることになる。


「十分宣伝しておいで」

「そんなことが宣伝になりますか?」


早めの昼食を取り、時計を見ると1時になっていた。

そろそろ彼女が車を持ってくるだろう。

栗丘さんは、今からの整備のためなのか、それともリレーのためなのか、

熱心にアキレス腱を伸ばしている。


「4連覇、4連覇」


僕は工具に足りないものはないかを確認し、いつものように軽く体を動かした。





「こんにちは」


工具磨きをしていると、こちらの指定時間どおりに椎名さんが現れた。

後部座席には、思っていた以上に大きくなった『パール』が乗っている。

どこに来たのかわかっているらしく、興奮状態でグルグルまわり、

時々大きく鳴いて見せた。


「すごい、すごい、尻尾を振っている」

「うん」

「覚えているんだね、パール。ここのみなさんにお世話になっていたこと」


犬なんてみんなそうだろうと思いながらも、悪い気はしなかった。

椎名さんが扉を開くと、後部座席から、『パール』は飛び出し、

僕らの周りを忙しそうに駆け回る。


「ほら、お仕事の邪魔をしたらダメなのよ」


栗丘さんは、今日のスケジュールを椎名さんに説明しながら、

特別な事情も語った。


「運動会?」

「そうなんですよ、今週が本番で。
最初は修理が先週の予定でしたからよかったのですが。
今日はそちらにもいかないとならなくて」

「地域の運動会ですか」

「はい、『4連覇』がかかっているんです。歩の走りに」


栗丘さんは、後ろに立っている僕の背中を急に叩いた。

思わぬ出来事に、ふらついてしまう。


「栗丘さん、余計なことはいいんです」

「後藤さん、走るのですか?」


驚く椎名さんに、僕は走りたいわけではないけれど、

成り行きでそうなったのだと語った。

彼女の驚いた顔が、何か楽しいことを見つけたのか、

どんどん明るい表情に変わっていく。


「後藤さんはいつ走るのですか?」

「えっと……14時にはここを出ます。おそらく15時少し前だと……」

「私も見ていいですか?」


椎名さんは、車が直るまで、どこかで買い物でもするつもりだったと言い出した。

栗丘さんは、応援してくれるのかと聞き返す。


「もちろんです。旗でも振りますし、メガホンで叫びますよ」

「あはは……いいねぇ、こんなかわいい人の応援があれば、
歩ももっと頑張ってくれるでしょう」


椎名さんは、動きやすい格好で来てよかったなどと、すっかり応援に乗り気になっている。

何も知らない『パール』が、事務所への台を登り始めた。


「椎名さん」

「はい」

「『パール』はどうしますか」

「あ……」


車の中に『パール』を入れっぱなしにしておくのは、あまりいいことだとは言えない。

だからといって、運動会の会場へ連れて行くのは、他の人に迷惑がかかる。

すっかり乗り気だった椎名さんは、冷静に現実へ戻っていった。



【4-3】

緑がまぶしい季節の、風の匂い。
見慣れない景色から感じた思いが、歩の心に足跡を残していく。
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