4 土曜の出来事 【4-6】

【4-6】

拓は、言いたいことをまとめているのか、すぐに言葉が続かない。


「あいつとは、2年前に親同士が仕事をするようになって知り合った。
大学を卒業したこの4月に『椎名物流』へ就職をして、仕事の面でも関わることが増えた。
遥は社長の娘だけれど、気取るところもなくて、素直な女性だ」

「あぁ……」


それはその通りだと思った。

興味があることに対しては、貪欲に参加してくる。

知らない人たちともうまく話していける性格は、見ていて嫌な気はしない。


「うちも、椎名家も、この先を考えてつきあっている。俺もそうだ」


何かを含みながら語っているけれど、拓の言いたいことはわかった。

椎名さんに対する思いがあり、それは取引や駆け引きとは違うものなのだろう。


「遥にとって、お前は珍しいところにいる人間なんだ。
だからといってそれに甘えてほしくないし、お前にも、それをあおってほしくない。
だから、ここへ来た」

「……拓」

「遥には、近づかないでくれ」


拓の目には、強い意思があった。

椎名さんという女性は、自分の相手であり、

近づかないでほしいというメッセージが、ひしひしと伝わってくる。

僕は心の中でごちゃ混ぜになりそうな言葉を一つずつあつめ、

それを吐き出す前に、一呼吸した。


「悪いけれど、拓、僕は彼女に近づいているつもりもないし、
確かに偶然あの犬のことで何度か会ったけれど、それだけだ。
あの車にいた日も、犬のことで……」


そう、『偶然』が重なっただけ。


「あぁ、遥から後で聞いた。ただ、釘を刺しにきただけだ。
身の程知らずに、あいつの環境を取り込もうとするなと、そう言いにきた」

「環境?」

「『椎名物流』は、遥の兄が跡取りとしてしっかり仕事をしている。
遥をどう扱っても、それはそれだけだ。お前が経営に潜り込める可能性もないし、
向こうが受け入れるとも思えない」


拓は昔からこうだった。

自分は他の人間とは違うというプライドがあり、それが拓のバランスを保っている。


「そんなことを、考えてはいない」

「それならいい。この縁組みには、親父も賛成してくれている。
余計なことをして、親父の機嫌を損ねれば、損をするのは歩、お前だぞ」


伯父さんの力添えがあるからこそ、『MORINAKA』の自動車修理は、

すべてうちに回ってきている。

仕事をさせる側と、する側。

僕は、拓の話を、納得いかない物言いだと思いながらも、ただ静かに頷いた。



拓と喧嘩をするのも意味は無いし、

椎名さんに対して、必死に思いを語ることも必要ない。


「用事はそれだけだ」


拓はそういうと事務所に戻り、奥さんのお茶の勧めを断ると、

すぐに工場を出て行った。





『遥にとって、お前は珍しいところにいる人間』





拓の言うことを、否定はしない。

宝石の材料を輸入することが出来る、会社社長の娘。

それだけで、僕とは住む世界が違うことくらい、きちんと理解できる。

『近づくな』と言われたけれど、僕から選んで『近づいた』わけではない。


「ふぅ……」


あれこれ余計なことを考えながら仕事をすることは、よくないことなので、

僕は頭を整理するために、軽く屈伸運動をすることにした。





そして、全く気の乗らない、『新作発表会』当日がやってきた。

去年、友人が結婚した時に着たスーツがあったので、それを使うことにする。

ワイシャツもネクタイも、普段縁のない生活をしているだけに、

たったこれだけでものすごく窮屈だった。



『40分』



そう、これだけの長さ会場にいることさえ出来れば、

あとはバウムクーヘンをもらってくるだけ。

どうせ、取引先の人間などが大勢参加し、隅の方にいれば、

誰かに見つかることもないだろう。

電車を乗り継ぎ、会場に到着すると、すでに数名の人が受け付けに並んでいた。

僕は招待状を出し、奥さんからもらっている熨斗袋も準備する。


「本日は、お忙しいところをありがとうございます」

「いえ、こちらこそご招待いただきまして、ありがとうございます」


世間一般的な挨拶を交わし、僕は『半田自動車整備』の名前を書く。

来たという証拠を残せた。まずは第一段階がクリアになる。

会場に入り、とりあえず人の流れに紛れ、新作のケース前を通ることにした。


わかる人にはわかるのだろうが、普段こういったものに縁のない僕には、

何が素晴らしくて、どれが新しいのかもよくわからない。



僕にとって、『指輪』といったら、たった一つ。



亡くなった母が生きていた頃、していた指輪。

シルバーのねじりが入った『ツイストライン』というデザインは、

『MORINAKA』の特長で、今思えば、父との結婚を祝ってくれた伯父が、

用意してくれたものかもしれない。

事故で亡くなったとき、僕が母の指からそのリングを外したことを思い出す。

ケースに閉まったきりで、それから見たこともないけれど。


会場に拍手が沸き起こり、

前の扉から社長である伯父と、会社の部長職を務める拓が入ってきた。



【5-1】

緑がまぶしい季節の、風の匂い。
見慣れない景色から感じた思いが、歩の心に足跡を残していく。
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