5 思惑の渦 【5-1】

5 思惑の渦


【5-1】

『MORINAKA』のトップと、それを継ぐ息子の登場。

それまであちこちに出来ていた輪が、一気に一点へ集中する。

僕の周りで新作を見ていた人たちも、視線と足を伯父の方へ向けた。


「飲み物、何かお持ちしますよ」

「あ……いえ、僕は……」


声の方へ向くと、そこに立っていたのは椎名さんだった。

いつも見るような、仕事用のスーツ姿や、休日用の格好ではなく、

全体にレースをあしらった、華やかなドレス姿。

いること自体が浮き上がるような僕とは違い、その場にしっかりと馴染んでいる。

昔、晴美さんが遊んでいた、かわいらしいお人形の姿を思い出した。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


椎名さんの初めて見る姿に、思わずボーッとしてしまった。


「拓ちゃんから、後藤さんが来ることを聞いていたので、
いついらっしゃるのかなと、扉の方を見ていたのですよ」

「今日は、社長の代理です」


拓が、彼女に僕が来ることを話していたとは思わなかった。

近付かないでくれと言っていたのに、どういうことだろう。

この先、予定通りのことを済ませて、出て行けるのか不安になってくる。


「シャンパンありますけれど」

「いえ、いいです」

「それならソフトドリンクはどうですか?」

「大丈夫です。時間が来たらすぐに出ますので」


何かを飲んだり食べたりする気持ちは、何もなかった。

話す人もいないし、正直、どこに立っていたらいいのかもよくわからない。

椎名さんは少し後ろに立っていたウエイターに声をかけ、

『ウーロン茶』を手に取ると、僕に差し出した。


「どうぞ」


『パール』を連れてくるときにはつけない指輪も、今日は彼女の指に光っている。


「後藤さん」

「はい」

「招待を受けているのですから、何も口にしないで帰るのはよくないことですよ。
たとえお付き合いでも、美味しかったくらいのコメント、残してあげてください」

「あ……」


椎名さんの白い手。

彼女の指輪も、母が残したものに似ている『ツイストライン』。


「歩」


僕に、声をかけてきたのは、拓だった。

拓の周りには2人の仲間らしき人物がついていて、軽く頭を下げてくれる。

初めて会う人たちばかりだけれど、僕もその場で頭を下げた。


「あいつが歩なんだ。俺の従兄弟になる」

「あぁ、そうなんだ」


拓が僕のことを紹介するなんて、珍しいこともあるものだ。

静かに入って、静かに出ようと思っていたのに、

あっという間に4人に囲まれてしまった。


「歩、今日はゆっくりしていけばいい」

「いや、代理で来ているし、時間になったら出るよ」

「仕事はないのだろう、今日は」

「まぁ……」


それにしても、拓を含めて4人とも、場慣れをしているように見える。

こういった会は、日本中で何度も開かれているものなのだろうか。

僕が毎日、車の下にもぐりこんでいる同じ時間の中で。


「拓の従兄弟は、仕事は何をされているの?」


拓の横にいた背の高い男性が、そう僕に尋ねて来た。

年齢はいくつくらいだろうか。落ち着きぶりから見て、年上かもしれない。


「あ、申し訳ない。まず先に名乗るべきですね。
僕は『岸田隆文』と言います。紳士スーツのオーダー店『BUFF』に務めていて、
まぁ、父の元で修行中というべきでしょうが」


『BUFF』

高級紳士服のオーダー店として、芸能人や文化人のお得意様も多い。

高級そうなスーツは、オーダーものだったのかと、そう思う。


「隆文は『BUFF』の4代目となる予定だから、挨拶でもしておいた方がいいぞ」

「いや、拓、わからないよ。父は息子だというだけで継がせることはないと、
いつも厳しく言うからね」

「いや、お前は大丈夫だよ。交友関係も色々と広いし、
すでに名だしで交渉してくる企業も、多いじゃないか」

「そうそう、隆文は留学を終えたら、しっかり社長だよ」


拓はその隣に立ち、そう言葉を足した『杉尾敦之』さんが、

時計専門店『OGGE』の社長の息子だと紹介してくれた。

杉尾さんと岸田さんは、揃って名刺を僕に出してくれる。


「すみません」

「いえ、ここはそういうビジネスの場ですから。せっかくお会いしたんだ。
何か縁をもてるかも知れませんし」


上には上のビジネスのやり方があるのだろうが、僕にはそのルールがわからない。

それでも、とりあえず名刺入れを出す。


「話がぶれてしまったね。後藤さんは、どんなご職業を?」

「僕は……」


二人に対して、1枚ずつの名刺を出し、そのまま手渡しした。

岸田さんも杉尾さんも、視線を下に向ける。


「僕は自動車の整備士です」

「あぁ、そうですか。ご家族で経営を?」

「いえ、『半田自動車整備』は社員5名の小さな工場です。
僕はそこで働いている社員です」


父親が社長でもなく、自分も会社の中枢にいるわけではない。

毎日、車の下にもぐって、繰り返しの作業をしている。

ファッション界の未来がどうなるのかも、社交界がどう動くのかも全く縁がない。

世の中を動かすこともないし、流行を追う必要もない。


「5名……ですか」


杉尾さんが思わずそう言った。

拓の従兄弟なのだから、もっと大きな会社に関係する、

素晴らしい人材だとでも思ったのだろうか。

予想外の展開だったのか、それまで続いていた会話が止まってしまった。



【5-2】

僕の居場所は、ここではない……そう歩が気づくとき、
近かった人の温かい手が、とても遠くに感じられて……
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