5 思惑の渦 【5-3】

【5-3】

高級ホテルの最上階ラウンジ、いらっしゃいませと声をかけられ、

椎名さんと二人、中に入っていく。


「はぁ……」


椎名さんが腰を下ろしたのは、ビルからの景色が全面に見える場所で、

ガラス張りになっていた。


「アイスコーヒー2つ」


椎名さんが近付いてきたウエイターにそう告げると、

僕達はやっとその場に落ち着いた。


「ごめんなさい、勝手に引っ張ってきて」

「僕はいいですが、椎名さんが困るでしょ。拓に怒られませんか」

「……でも」


勘違いしそうだけれど、恥をかかされそうになったのは、僕の方だ。

それなのに、怒りの度合いは、彼女の方が勝っている。

椎名さんは少し口を動かしたが、またすぐに閉じてしまう。

数分だろうか、静かな時が重なり、彼女の口が開いた。


「社長の息子というのが、悪いというわけではないのです。
うちも、父の仕事を引き継ごうと、兄が頑張っていますし」


そう、拓からその話は聞いていた。

彼女のお兄さんというのは、どういう人だろう。

同じような考えを持つ人なのか、それとも……


「でも、そういった人たちだけで世の中が動いているというようなことを考える、
雲みたいな人たちの会話が、ふわふわしていて、好きではありません」



雲みたいな人たち……

彼女らしい楽しい表現方法。



「仕方がないですよ。彼らは生まれてからずっと、そういう世界なのだから。
人は誰でも、自分のいる環境が、一番世の中を占めているとそう思うものです。
親からも立派な跡継ぎになるように、言われ続けているはずですし。
彼らにとっては、その考え方が必要なのですから。
僕みたいな人間と、関わることも少ないのでしょう」

「でも……」


僕は何気なくメニューを見た。

考えることもなく彼女が頼んだ『アイスコーヒー』の値段が、

一つ1200円だということを、そこで初めて知る。

一瞬、財布の中身が気になった。


「どこどこのブランドがどうのとか、そんな話は飽きてしまいました。
心の中では正反対のことを考えているのに、
ただ、ただ褒め倒す人の心がわかりません」


急成長している会社社長の娘。

さぞかし近付く大人の数も多いだろう。


「あぁ……今頃ローストビーフが出てきているはずです。
このホテルとっても美味しいのに。ここでは食べられませんね」


『ローストビーフ』かぁ。確かに一流ホテルの味がどういうものなのか、

確かめて見たかった気はするけれど。


「ねぇ、後藤さん。今から戻りましょう」


ウエイターが現れ、頼んだ『アイスコーヒー』をそれぞれの前に置く。

コースターも皮で出来ているし、ミルクやガムシロップの入っている容器も、

シルバーに輝いていた。


「アイスコーヒー、どうするのですか?」

「あ……」

「もういいですよ。僕はここから帰ります。
それこそ、食べに帰る方が失礼な気がしますから」

「後藤さん……」

「僕は、伯父の話も聞かずに出ましたし」


そう、会場を出たのは、伯父が話し始めてすぐのことだった。

一番のメイン行事を避けてしまったのだから、これ以上の非礼はない。

社長の話を聞くからこそ、接待される。僕は、その義務を放棄してしまった。


「……ごめんなさい」

「いえ」

「そうですよね。後藤さんはおじ様に招待されていたのだから。
お話を聞くつもりだったのでしょ。どうしよう、私のせいです」

「いいですよ、そんなに……。言いましたよね、最初に。
時間が来たら出ますって」


ストローに口をつけ、『アイスコーヒー』を吸い上げる。

口に広がる香りと、残る余韻。

確かに、そこら辺で買う缶コーヒーなどとは比べ物にならないくらい、

豆の香りがした。何も入れずに飲むと、余計に強く感じる。

名前はどこでも『アイスコーヒー』だろうが、それでいいのかというくらい違っている。


「あの……」

「はい」

「拓は、今あるものを守らないとならないから必死なんです。
おそらく、友人の二人も同じでしょう。それはわかってやってください」


あいつは嫌味を言っているほど、悪い人間ではない。

椎名さんはわかっていますと、頷いてくれる。


「拓ちゃんは、私にとって、もうひとりの兄だと思っています」



『兄』



それがどれくらいの信頼度なのか、僕にはよくわからない。


「初の社会人生活を前に、色々とお世話になっていて、
わからないことも教えてもらいました。でも……」


言葉が一気に出なかった。

それだけ彼女の中に何か強い意志があるのではと、続きが気になっていく。


「でも……私、自分の人生は、生き方は、自分で決めていきます」


ハッキリと聞いたわけではないけれど、彼女は彼女なりに思うものがあるのだろう。

わかっているからこそ、ここで話しを広げていく気にはならない。


「拓ちゃんは、いい人だとは思いますけれど、でも……」


椎名さんがストレートに言葉を出していくのなら、聞き流したかもしれない。

でも、止まったことが僕の目を動かしてしまう。


「私……」


椎名さんの目がこちらを向いたことで、僕はその眼差しの先を見てしまった。

『私……』の言葉の続きと、流れる空気を断ち切るように、携帯で時間を確認する。

会場を飛び出してきてから30分近くが経っていることに気付く。

残っていたアイスコーヒーを飲み干し、会計の紙をつかんだ。



【5-4】

僕の居場所は、ここではない……そう歩が気づくとき、
近かった人の温かい手が、とても遠くに感じられて……
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