5 思惑の渦 【5-5】

【5-5】

社長の代理として参加した『新作発表会』の次の日。

いつもの月曜日がやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます」

「えっと、今日は修理依頼が2件。
俊祐と栗丘がそれぞれを担当し、歩はそのフォローに回ってくれ。
俺は、業者が2社来るから、その打ち合わせに出させてもらう」

「はい」


ホワイトボードで、今日の動きを確認する。

とりあえず、修理をした書類の仕上げを済ませ、その後、フォローに回ることにした。


「今日も一日、ケガのないように」


いつもの朝礼が終了し、軽い体操をこなしていく。

手足をグルグル回していると、そこに1台の車が入ってきた。

オレンジ色の軽自動車。


「あれ? 椎名さんだな。何かまずかったところでもあったのか」


栗丘さんが言うとおり、入ってきたのは椎名さんの車だった。

エンジン部分も見たけれど、特にいじったことはない。

こちらの心配をよそに、椎名さんは駐車場の隅に車を止めた。


「おはようございます」

「おはようございます。何か車に……」

「いえ、違います。今日は後藤さんに」


椎名さんは助手席に置いてあった紙袋を取り、それをこちらへ持ってきた。


「昨日はすみませんでした。私が急に連れ出してしまったので」


椎名さんが持ってきてくれたのは、

昨日、帰りに受け取るはずの『バウムクーヘン』だった。


「これをわざわざ届けに来てくれたのですか?」

「わざわざではありません」


椎名さんは僕の前を通り過ぎ、そのまま事務所へ向かった。

そして、中にいる奥さんに声をかける。


「おはようございます」

「あら……おはようございます」

「先日、お話しした件で」

「はいはい」


椎名さんは、会社の同僚に『半田自動車整備』のことを話したらしく、

ホワイトボードに新たな仕事の依頼が埋まっていく。

通勤に車を使う社員や、比較的この場所の近く住む社員に、

車のことならここへと、話してくれたらしい。


「あ、そうでした。ホームページ、作られたのですね。
昨日、会社の同僚から聞きました」

「そうなのよ。とりあえず、何か宣伝効果のあることをしようってことになってね。
まぁ、素人が頭を寄せ合っただけだから、たいしたものではないのだけれど」

「いえいえ。でも、宣伝は必要だと思います」

「そうでしょ。テレビでCMするほど、お金なんてないしね」


僕は紙袋を事務所に置き、PC前に座る椎名さんを見た。

マウスを器用に動かし、なにやら打ち込み始める。


「どう?」

「やはりもったいないですね。これなら街にポスターを貼り出すのと同じですから」

「あら、ポスターを?」

「はい。名前と住所と電話。こちらから情報を発信しているだけで、
相手からの声は拾えません。どうせなら、メールの機能を使って、
見積もりの依頼なども出来た方がいいでしょうし、
車検の車を受け入れられる日付とか、スケジュールなども発表できたら、
より頼みやすいですよ」

「あら、そんなことが可能?」

「はい」


奥さんは、椎名さんの提案に即乗り気な態度を見せた。

社長はその後ろから、新聞片手に覗き込む。


「おいおい、見積もりって言ってもさ、金額とかは実際に見ないとわからないから、
やたらには出来ないぞ」


修理代金は、全ての車が全く同じわけではない。

傷のつき方ひとつで、直し方も材料費も変わってしまう。


「そういうものなのですか」

「まぁね、車って正直お値段で素材も違うし、扉一つでも厚みが違うのよ。
高級車を手で叩いて見ればわかるわ」

「そうですか」


椎名さんは少し考える仕草を見せたが、すぐに何かを思いついたのか、

メモを取り始める。


「よかったら、このページ。私に任せてもらってもいいですか?」

「椎名さんに?」

「はい」


彼女のお父さんが、輸入の仕事をしていることだけは聞いていたが、

その会社の中で、椎名さん自身は営業部の中に所属していて、

主に、取引先とのデータ管理しているらしい。

PCについては、ここにいる誰よりも詳しそうだ。


「もちろん、すぐに完成とはいかないでしょうから、試作が出来た段階で、
色々とみなさんにご意見を伺います。そのご意見を取り入れて、
『半田自動車整備』にとって、最善のものを作りましょう。
うん、これなら、私にもお役に立てると思います」


文字がチカチカするだけだった『半田自動車整備』のホームページは、

椎名さんの力を借りて、少し進歩をすることになるのだろうか。


「ねぇ、椎名さん」

「はい」

「大変、申し上げにくいお話なんですけど……」


奥さんは、椎名さんに麦茶を入れ、もう一度、隣にちょこんと腰かけた。

僕は工具を入れたケースを取り出し、仕事を始める前に揃っているのか確認をする。


「うちね、見ておわかりでしょうけれど、小さな小さな会社なの。
だから……」

「費用ですか?」

「あ……うん」

「それはいただきません。私も『椎名物流』に所属している社員ですから、
他の会社からお金をもらうわけにはいきません。ですので、仕事を終えた後とか、
お休みの土曜日くらいしか、お手伝い出来ませんけれど、それでいいですか?」


椎名さんは、あくまでも自分が個人的に手伝いますと宣言し、

奥さんはそれならと急に元気になった。



【5-6】

僕の居場所は、ここではない……そう歩が気づくとき、
近かった人の温かい手が、とても遠くに感じられて……
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