6 予期せぬ訪問者 【6-5】

【6-5】

「歩、お前、何コソコソしているんだ」

「コソコソ?」

「あぁ……今日、遥を誘って出かけるつもりだろ」


拓に、椎名さんに近付かないでくれと、確かにそう言われていた。

言われたときにはそれを認めていた自分がいたはずなのに、

今は、こうして来られていることに、ものすごく反発する気持ちがある。


「出かけることにはなったけれど、それはお客様からもらったチケットがあるからだ。
お前にあれこれ言われるような話じゃない」

「何?」

「拓、お前が彼女をどう思おうが勝手だけれど、
彼女の行動を、お前が決め付ける権利などないはずだ。
行くなと言うのなら、椎名さんに話を振ればいい」


言って欲しくないのなら、彼女自身にその問いをぶつけるべきではないだろうか。


「余分な刺激を与えたくないだけだ」

「余分?」

「あぁ……」


拓はポケットに手を突っ込んだまま、視線を下に落とした。

椎名さんに対しては、慎重になっているということだろうか。


「どういう生き方をするのかは、彼女が決めることだ」

「決める?」

「うん」

「俺や遥を、お前と一緒にするな」


自分たちと僕とは違う。

それは新作発表会の日、友達をわざと目の前に連れてきた拓の、

確かに一番言いたかったことだろう。

やらなければならないことも、気にしなければならないことも、

何もかもが違っているということ。


「一緒にしているわけではないよ。でも、僕が彼女の行動に対して、
意見をする立場ではないだろう」


うちの工場へ来ることも、コンサートに行くことも、

選んだのは椎名さん自身なのだから。


「お前、遥の人生を背負えるとでも思っているのか」



『彼女の人生』



社長の娘として生まれて、経済的に不自由のない彼女を、僕が背負っていく。

そういう意味だろうか。


「僕はそんな話を……」

「お前が、遥と付き合いたい理由は、持っていないものを欲しいと思うからだろ」

「拓……」

「家柄や、お金。お前にはないものを遥は持っている」


拓は、僕に背を向けたまま、左手に握りこぶしを作った。

怒りに満ちているその手には、血管が浮き出ていて、気持ちを表現していた。


「拓、お前勘違いしている」

「勘違い?」

「僕は、あの犬を通して椎名さんと話をするようになっただけで、
人生だとか、運命だとか、そんな大きなものを求めてなんていない」


そう、あの新作発表会の日、僕は彼女にもそう話した。

人は、生まれながらに持つ世界の中で、精一杯生きようとするものなのだ。


「そういう優等生な口ぶりが、気に入らないんだよ」

「……拓」

「とにかく、あれこれ言っても、お前は反発するだけだ。
とにかくこれ以上、遥には近付くな」

「僕から近付いているわけじゃない。ただ……」


ただ……

つい、そう言葉をUターンさせてしまった。

『わかった』といえば、終わった話を、僕自身が引き寄せてしまった。


彼女といることが、不快だと思ったことは一度もない。

だから、拓の言葉だけを受け取ることが出来なかった。

言葉は、唇を通ることなく、心の奥に沈んでいく。


「ただ、なんだよ」

「ただ……」


僕は、『偶然』の積み重ねを、自ら受け入れている。


「色々と、仕事のことでここに来てくれたり、修理のことで来てくれたり、
それが重なっただけだ」


僕は、そうごまかした。

カレンダーで今日の日付を確認し、椎名さんにどういう話をすればいいだろうかなど、

考えていたことは事実。今日も嫌々出かけるのかと言われたら、頷くことは出来ない。


「歩」

「何?」

「お前にとって自由なことが、俺には自由ではないこともある。
それは遥も一緒だ」


『自由』と『不自由』

それぞれのおかれている環境で、大切にしなければならないことは、

確かに違うだろう。


「遥は……うちにも、俺にもどうしても必要な人なんだ」


拓はそれだけを言うと、車に戻っていった。

近くに行くことがダメだと強く出てくるだけなら、

それは違うのではないかと、言い続けることが出来た気がする。



『どうしても必要な人』



拓の言葉が、どこか寂しげで、僕はアイツに言い返すことが出来なかった。

休みの土曜日に、朝早くこれだけを言いに来たアイツの思い。

僕は、残された排気ガスの匂いから避けるように歩き、

真夏に近付いた空を見上げた。



【6-6】

歩の日常に、飛び込んできた訪問者。
穏やかだった毎日に、小さな流れが起こり、そして小さな渦を作り始める。
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