6 予期せぬ訪問者 【6-6】

【6-6】

『どうしても必要な人』



拓が生きている世界のことなど、僕にはわからない。

僕は、母と拓の父親が兄妹であることも、両親が亡くなるまで聞いていなかった。

幼い頃に遊んだ記憶でもあれこれあれば、もう少し分かり合えたのかもしれないが、

アイツにとっては、なにかしら邪魔をする存在のようにしか、思えないのだろう。

会社という組織に入ってから、拓はさらに口調が荒くなった。



『自分と僕とは違う』



それを言い続けることで、壊れそうなバランスを保とうとしているのだろうか。

アイツは、何に怯えているのだろう。





あらかじめ、正装するような店ではないことを椎名さんから聞いていたため、

僕は普段着よりも少しだけいい格好を選ぶと、待ち合わせの駅へ向かった。

たまに電車に乗ると、出口の方向すら怪しくなる。

右なのか左なのか、構内の柱につく案内板を見ていると、

後ろから背中をポンと叩かれた。


「こんばんは」

「あぁ、こんばんは」


椎名さんは、手に小さな花束を持っていた。


「後藤さん、行きましょう。私、お店ならわかりますし」

「あの……椎名さん」

「はい」

「その花束。どなたかにもらったのですか?」


何かイベントでもあったのだろうか。

『花束』なんて、そんなときにしか出てこないものだろう。

もしかして、無理に時間を空けたのではないかと、心配になる。


「いえいえ、これは『TEA』さんにお渡ししようと思って」

「『TEA』さんに?」

「はい。会員制のコンサートですから、気心の知れた方がいらっしゃるでしょ。
後藤さんには、『TEA』さんが直々に招待状をくださったから、そのお礼のつもりで」


椎名さんは、僕が招待されたお礼を、用意してくれていた。

僕は、入り口でお金でも払うのかと、勝手に思い込んでいた。


「入場料みたいなものを払うのかと」

「いえ、違います。みなさんあらかじめチケットを買われているはずなので、
受付でお支払いはないはずです」


知らないということはこういうことだ。

自分の中にある知識だけでは、成り立たないことも世の中は多い。


「すみません、こういうことを何も知らなくて」

「そんなことで謝らないでください。
私は後藤さんのおすそ分けをいただいているわけですから、これくらい当然です」


駅の改札を抜け、眩しいくらいの繁華街からだんだんと遠ざかっていく。


「これ、後藤さんが渡してあげてください」

「僕がですか?」

「はい。招待を受けたのは後藤さんですから」


そういうと、椎名さんは僕にその花束を渡してくれた。

何から何まで人の世話になっている気がして、なんだか落ち着かない。


「車がおかしいから見て欲しいと、偶然来られたって言ってましたよね」

「はい」

「きっと『TEA』さん、後藤さんの接客態度が嬉しかったのでしょうね」


そうだろうか。

そんなに特別なことをしたとは思えないし、難しいことをしたわけでもない。


「僕は何もしていないんですよ。ただ、ゆるんだネジを回したくらいで。
だからお金は結構ですと話したのに。それがこれだけ大事になってしまうなんて、
なんだか申し訳ないな」

「……でも」


言葉の続きがあるのかと思ったが、椎名さんは口を閉じてしまう。

でも……の続きは、何があるのだろう。


「それとも、この人は音楽に疎そうだから、
本物に触れ合う機会を作ってあげようとでも、思ってくれたのかな」


話が止まってしまうと、余計に続きが聞きたくなる気がして、

僕は別の理由らしきことを、つけたしてみる。


「いえ、そうではないと思いますよ」


曲がり角で若い男性が、一度大きなクシャミをした。

思わずそちらを向くと、逆に嫌な顔をされてしまう。


「後藤さんには、人の心を柔らかくしてくれる魅力がありますから」


椎名さんはそういうと、肩にかけたバッグの紐を握りなおす。

少しうつむいた顔に、ふわりと風が当たり、彼女の髪の毛が揺れた。

人の心を柔らかくするような魅力が、自分にあるとは思えない。

むしろ……


「いや、それを言うのなら、僕より椎名さんの方が……」


彼女の方が、人見知りすることなく、周りの人たちと話を合わせていける。

僕は知らない人には構えてしまうことが多くて、さりげない会話が難しい。



『あなたの方が、人の気持ちをほぐせる魅力を持っています』



僕は、言葉に出せないまま、歩き続けた。



【7-1】

歩の日常に、飛び込んできた訪問者。
穏やかだった毎日に、小さな流れが起こり、そして小さな渦を作り始める。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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拍手コメントさん、こんばんは
お返事が遅れてごめんなさい。気づくのが遅くなってしまって。

楽しみにしていただけて嬉しいです。
これからも、マイペースに楽しんでください。