7 揺さぶる人 【7-1】

7 揺さぶる人


【7-1】

次の曲がり角に到着するまで、どちらからも言葉が出なかった。

僕は、時々椎名さんの横顔を確認する。


「後藤さん」

「はい」

「一つ、うかがってもいいですか」

「……はい」


彼女の表情が真剣で、僕は何を聞かれるのだろうかと、1秒くらいの間に、

頭をフル回転させる。


「本当は、他に誘いたい方がいらしたのに、私が無償で工場の仕事を引き受けたから、
それで気をつかって、チケットを回してくださったということはないですか?」


椎名さんは、そう心配そうに尋ねて来た。

他に誘いたい人、始めからそんな人はいないので、僕は首を振る。


「他に誘いたい人なんていませんから、そんなことを言わないでください。
僕の方が、あの仕事をしてくれたことに甘えて、むしろ、無理やり誘っているようで、
また、こうして花まで……申し訳ないです」

「いえ、そんなことはありません。私、チケットをもらえると聞いたときは嬉しくて、
後藤さんの気が変わらないうちにと、すぐに取りに行きましたから」


椎名さんはそういうと、恥ずかしそうに下を向いた。

『TEA』さんがチケットをくれた日。

確かに彼女はその日の夜、すぐに工場へ顔を出してくれた。


「今日が待ち遠しかったのに、なんだか今日が近付くにつれて、
本当はどうだったのかが、気になりだして……」


椎名さんの表情は、発言同様、とても不安そうに見えた。


「お誘いしたことを、嬉しく思ってくれていたのなら、よかったです」


そう、本当によかったとそう思う。

『偶然』がさらに『偶然』を呼び、こんな形になった。


「後藤さん」

「はい」

「私って、一緒にいて、楽しいタイプでしょうか」


今日の椎名さんはどうしたのだろう。

いつものように、しっかりと自分の意見を表すことはなく、

色々な不安だけが、心を支配しているような、そんな気がしてしまう。


「楽しいですよ」


『ウソ』はつけない、そう思った。

ウソをついた瞬間に、この時間も、彼女の気持ちも、全て崩れてしまう気がした。

僕達がこうしているのは、『偶然』。

そう、その積み重ねであることくらいわかっているけれど、

それでも、無理をしているわけでも、仕方なくここにいるわけでもない。



『どうしても必要な人』



拓……

自分の心と、アイツへの感情が、複雑に交差した気がした。


「よかった……そう思っていただけているのなら」


椎名さんは照れくさそうに下を向くと、

もう少しで着きますと、道の説明をしてくれた。

すでに日は落ちているので、公園の奥まではわからないけれど、

ランニングコースが大きな川に向かって続いているため、

朝は結構なジョギング仲間で賑わうのだと言う。


「へぇ……ジョギングですか」

「はい。会社の先輩が、以前この辺に住んでいたので。
何度か泊まらせていただいたことがあって。
あの道、ジョギングコースになっているのですよ」

「あの道?」

「はい。ほら、大きな時計のある向こうです」

「あぁ……」


確かに、道の両側が木々に覆われていて、少しの雨なら傘代わりになりそうだし、

夏でも涼しく走れそうだ。

歩いていくと、T字型の交差点があり、そこを左に曲がる。


「後藤さん、ありました。ここです」

「あ、うん」


駅から歩いて5分くらいだろうか。5階建てのビル地下に、『スレイド』は存在した。

僕は椎名さんに続き、階段を下りていく。

重たい扉を開け、いきなり目と耳に飛び込んできたのは、ピアノの生演奏だった。

舞台の上で、サングラスをかけた若い男性が、リズムのいい曲を弾いている。

今日は、貸切なのだろうか、まだ空席が目立っているけれど、

テーブルには、それぞれセッティングが済まされている。


曲調が変わったのか、そこから指の動きがさらに速くなり、

観客からも拍手が沸き起こる。

手拍子や、刻まれる足のステップとリズム。

僕には、その曲が何という曲なのか、全くわからない。

でも、ダイレクトに耳を捉えているその音が、

ものすごく貴重なものであるということだけは、よくわかった。

歩くことも忘れ立ち止まっていたら、椎名さんに手招きされる。

彼女は、僕より少し先に歩いていて、テーブルを左手で軽く叩いた。

僕達の席はここだと、教えてくれているのだろう。


「すみません……」


先に座っていた方の後ろを通り、僕は椎名さんの待つテーブルへ向かった。



テーブルの上には、アルコールチケットが2枚あり、

つまみとして、ワイヤーで編まれたカゴの中に、ナッツ類が用意されている。

さらに軽食としてピザが出てくるという説明書きが、

カゴの下に入っていた。

僕は、舞台上を見ている人たちの視線に入り込まないよう意識しながら、

テーブルの右席に座った。



【7-2】

歌の中に見つけた、小さな光と闇。
戻らない日々の中から、歩の心は懐かしい声を思い出す。
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