7 揺さぶる人 【7-2】

【7-2】

「ごめん、こういうところに来ることがなくて、ボーッと見てしまった」

「いえ、見てしまう気持ちはよくわかります。CDなどで聴く音楽とは、
音の迫力が違いますから」

「……うん、生演奏って初めてなんだ」

「私も、これだけのライブ感が味わえる場所は、初めてです」


曲が終わったのか、会場内から拍手が起こる。

僕も、とりあえずその拍手の輪に参加した。


「いらっしゃいませ」


僕らが席についたことを見たウエイターが、横に立った。


手には、手帳サイズのドリンクメニューを持ち、それを目の前に広げてくれる。


「コンサート中にお飲みになるものを、こちらから選んでいただきたいのですが」

「あ……はい」


僕はメニューの中に、写真入りで載っているワインがあることに気付いた。


「これは」

「はい。こちらは、私どもが以前からお付き合いのある農家に、
オリジナルとしてお願いしているワインです」

「オリジナル……ですか」

「はい。山梨産の葡萄を使っている、飲みやすいものですが」

「何?」

「うん。これ……」


僕は前に座る椎名さんにメニューを渡す。


「後藤さんは、このワインにしますか?」

「あ、はい。オリジナルだと言うので」

「それなら私もこれで」


僕達は二人揃って、『スレイド』のオリジナルワインをお願いすることにした。

一般に売られているものよりもボトルは小さく、

二人で1杯ずつ楽しむのにはちょうどいいのだと、ウエイターが補足を入れてくれる。


「お願いします」


ウエイターはかしこまりましたと頭を下げ、テーブルのそばを離れた。



それにしても、『TEA』さんが言っていたように、

先に到着し、席についている人たちを見ると、確かに年齢層が高い。

頭にベレー帽を被り、少し濃い目のサングラスをする男性は、立派な髭を生やしていた。

黒のレザーパンツに、身をつつんだ男性は、忙しそうに何やら手帳を見続けている。

大柄の花模様が描かれたワンピースを着た女性の指には、

少し離れた場所から見てもわかるような、大きなダイヤがついていた。

どこかの芸術家なのか、それとも会社役員クラスの人だろうか。

場所にも慣れているような人たちばかりで、

20代くらいの招待客は、会場を見回す限り、僕らだけかもしれない。

周りの人たちも、視線を上げて僕らに気付くと、

なぜ、ここにいるのだろうかと、不思議そうな目を向けてくる。


「後藤さん」

「はい」

「『スレイド』は昔から、音楽で世の中に出て行くことを目指す人たちの、
憧れの修行の場、なのだそうですよ」

「修行の場」

「はい。この舞台でお客様を前に歌えることが出来たら、また一歩前に進めると、
みなさん目指したらしくて」

「へぇ……」

「社会的に力を持つ方の出入りも多いので、気に入ってもらえると、
活動資金を援助してくれるスポンサーがついたり」

「スポンサー? ここでですか」

「外国に行って、一人で活動することも、資金がなければ出来ませんしね。
実際、『TEA』さんも20代の頃、
このお店から本格的な歌手としての活動を、始められたそうです」


20代。

自分の夢を実現するために、歌ひとつで生きていこうと決め、

『TEA』さんは、この舞台に立った。

安定も保証もない中に身を置く勇気を、僕の今の年齢で、

持っていたということになる。



ゼロから始める……



今の僕には、そんな勇気はないけれど。



「この間、『TEA』さんはアメリカから戻ったと、そう言われてましたけど」

「そうみたいですね、『TEA』さんは数年間、日本で活動されていましたが、
30歳を迎えた後アメリカへ拠点を移して、
それからは、ほとんど日本には戻らなかったそうです。
でも、年齢が重なってきたから、原点に戻りたいと……そういうことで、
今回……」

「椎名さん」

「はい」

「『TEA』さんのファンだったのですか? よくそこまで知ってますね」


そう、当たり前のように情報を受け入れていたけれど、

これだけの話は、意識して知らなければ、偶然耳に入ることはないだろう。


「……と思いますよね。私、調べました」

「調べたのですか」

「はい、今日という日が来ることが楽しみで……」



『楽しみ』



椎名さんとは気持ちの表現方法は違うかもしれないが、

確かに僕も、待つ日々を楽しんでいた気がする。

音楽など、今まで、あまりこだわって聴いたことなどないはずなのに。

カレンダーを何度も見ながら、この日だけは必ず気にしていた。


「お待たせいたしました」


その声に視線を向けると、ネクタイをつけた初老の男性が立っていた。

僕達の前に、注文したワインを置いてくれる。

『スレイド』のコースターには、音符と五線譜が描かれていた。

胸元に視線を向けると、『支配人 持田』という肩書きと名前が見える。


「当店自慢のワインです、どうぞお楽しみください」


持田さんが頭を下げるので、僕もただ返礼をする。

持田さんは、僕と椎名さんに1枚ずつ名刺を差し出した。



『スレイド 支配人 持田丈治』



僕は名刺を両手で受け取り、あらためて『支配人』の文字を確認する。

この店で一番偉い人、そう単純に考えた。



【7-3】

歌の中に見つけた、小さな光と闇。
戻らない日々の中から、歩の心は懐かしい声を思い出す。
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